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ロシアの大学院生が起こした「革命」

研究論文のゲリラ的無料公開とコスト問題

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 研究成果のオープン化を巡って、内外に混乱が起きている。最新の科学論文やその根拠となるデータについて「誰がアクセスでき、誰がコストを払うのか」という問題だ。日本でも今後、科学と社会の関係を問う大きな問題に発展するかも知れない。

 筆者の専門分野である視覚科学には、10万人規模のメーリングリストがあり、就職情報や技術的なQ&A等が毎日交換されている。それがこの数ヶ月は、専門雑誌のあり方を巡る論争であふれ返っている。出版社が専門学術誌を出し、大学や研究機関の図書館単位で購読する――これが既存の形式だったが、(後述するように)問題が噴出してきた。それに代わって無料で購読できるオープンアクセスジャーナルなどが台頭する中、研究者コミュニティーとしてどう対処するか。これが議論の焦点となっている。

 問題の性質上、自分の分野だけの問題ではないはずと思っていた所へ、「ニューヨークタイムズ」紙にタイムリーな記事が出た(「すべての研究論文は無料であるべきか」3月12日)。以下この記事の内容に依拠しつつ、問題の背景と今後を見通しておこう。

エルバキャン事件

 専門雑誌の購読料高騰やオープンアクセスジャーナルの是非を巡る問題は、以前からくすぶっていた。だがここへ来て問題に火を付けたのは、ロシアの一大学院生 K.A. エルバキャン(Elbakyan) が、ひとりで起こした事件だった。

 彼女は自分のサイト(Sci-Hub)から何百万という数の科学論文を、違法に無料配信し続けた。これに対し学術専門誌の大手出版社 Elisevierが提訴。しかし連邦裁判所の命令はロシアでは(ましてやインターネットでは)強制力を持たない。そこで Sci-Hubは引き続き毎日何十万という数の専門誌論文を総計数千万人の利用者に(無料で)提供し続けている(4月2日に筆者がチェックした時点で少なくともサイトそのものは健在で、主張し続けている)。

 論文などの学術情報を、インターネットから誰でも無料で入手できるようにすることを「オープンアクセス」という。機関デポジトリ(大学などが知的情報の保存発信のため、インターネット上で運営するアーカイブ=保管庫)、あるいは専門分野別のアーカイブなどへ、研究者自らが掲載して行く方法がそのひとつだ。だが出版社が「オープンアクセスジャーナル」を公刊するやり方もある。この場合、出版社は投稿者から費用をとる。エルバキャンのやり方はこのどちらでもない、言わばゲリラ的なものだったので、余計物議をかもした。

 エルバキャンは一躍、オープンアクセス推進者たちのスター的存在になった。医療や経済、環境など(直接市民生活に関わる)公共政策を決めるにも評価するにも、最新論文を読んだり、情報をまとめたりすることが必要になる。目的によっては、より大規模なデータマイニング(=大量データの管理、解析)も必要だろう。そのためのコストが、従来の公刊システムではとてつもなく高くつく。一般の個人には財政的に無理だ。無料で解放すべきだと推進者たちは主張する。

 また開発途上の国/地域では事実上、トップクラスの財政も豊かな大学の科学者たちだけが、公刊された研究内容にアクセスできる。確かに現在のシステムは幅広い情報統合、データ解析を妨げ、その結果、科学の進展そのものを遅らせている一面がある。

背後で何が起きているか

 背景には

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