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福島支援に入った放射線専門家の反省(1)

除染に過大な夢を与えてしまった

高橋真理子 朝日新聞 科学コーディネーター

 福島原発事故が起きたあと、いち早く除染活動を始めたNPO法人「放射線安全フォーラム」の理事多田順一郎氏が、2月に東京で開かれた同フォーラム主催の研究会で「被災地支援活動の経緯と反省」と題して「不適切な助言をいくつもしてしまった」と率直な反省を語った。改めてインタビューし、どこを、そしてなぜ間違えたのかを聞いた(全3回)。

拡大伊達市の市政アドバイザーと川俣町の除染アドバイザーを務めている多田順一郎氏

 放射線安全フォーラムは、放射線利用と放射線安全に関わりを持つ人々が集まって1985年に設立した研究会が前身だ。2007年に特定非営利活動(NPO)法人になり、会員数は約100人。「放射線の利用と安全に関する相互研鑽と知識の普及」を目標に掲げ、定期的に研究会を開くといった活動を続けている。

 多田氏は筑波大大学院で物理学を学び、 放射線安全管理の専門家として筑波大学粒子線医科学センターなどで働き、兵庫県にある大型放射光施設スプリング8の安全管理室長を約10年務めたあと、理化学研究所横浜研究所安全管理室主幹を最後に定年退職した。現在、65歳。研究会の創設メンバーの一人で、フォーラムになってからは理事を務めている。

 2011年3月の福島原発事故のすぐ後、フォーラムは運営会議で現地支援活動を決めた。発議したのは、現在、原子力規制委員長になっている田中俊一氏だ。5月から飯舘村で試験除染を始め、6月から伊達市で支援活動をスタートさせた。7月には富成小学校の除染を全国から集まったボランティアとともに実施。朝日新聞も「放射性物質、街ごと洗う 住民、自主除染に動く 福島県郡山・伊達」(2011年7月14日付朝刊社会面)と大きく報道した。

拡大福島県伊達市の富成小学校で実施されたプールの水の除染実験。ゼオライトで放射性セシウムを吸着させた=2011年7月9日、日吉健吾撮影

「これは、住民自らの手で環境を改善していく動きの出発点になったと思います。それは良かったと思うのですが、我々が『とにかく除染』ということで1年以上動いてしまったこと、それによって除染に過大な期待を持たせてしまったことは大いに反省しています」

――しかし、あの当時、除染で何とかしてほしいと誰もが願ったと思います。

「私たちは、まさに、その要望に応えようと専門知識や経験を活用することに没頭しました。実験室などで放射性物質がこぼれたら、固く絞ったウエスなどで拭き取って、放射線の強さを測って拭き取れたことを確認し、汚染を吸い取ったウエスや作業用手袋などをビニールに入れて、アイソトープ協会にお引き取りいただく。そういうことをずっとやってきた習慣から、同じように『汚染を取り除くこと』を考えてしまいました。しかし、我々がそれまで扱ってきたのは、いわば『飼い馴らされた放射線源』です。福島の状況はまったく違うものでした。初めて飯舘村に行ったのは4月でしたが、測定器のスイッチを入れた途端、頭の中が真っ白になりました。それまでの経験では放射線管理区域の外にあるはずのないものが見渡す限り広がっていたのです。強烈なショックを受けました」

「事故後の早い段階で、これは『平時とは違う』ということをもっと明確に自覚できればよかったのですが、平時の習慣からなかなか抜け出せず、夢中で汚染を削り取る作業を進めてしまいました。とにかく家の中の線量を下げればいいという発想で、一軒ずつ丁寧に除染するようにしました。もちろん、こういうやり方でいいのかという話は仲間内でなかったわけではありません。汚染が広範囲にわたるのに、一軒ずつ除染するのはいかにも効率が悪いですから、いっそ家を建て直すことを前提にもっと効率的に除染した方がいいのではないかという感想は、飯舘村の試験除染直後から出ていました。しかし、2011年の暮れあたりには、すでに自治体も試験除染に動き出していましたから、路線変更をするのは難しい状況でした。変えるなら代わりのプランを出さないといだめなんですよね。それが難しかったのは確かです。もちろん、除染によって安心なさる方はいらっしゃるから、その点での意味はありました。ただ、あのやり方では一軒の除染に数百万円かかるんですよ。その費用は加害者の東電に払わせるということで、費用対効果などを議論する雰囲気ではありませんでした」

 伊達市は、田中俊一氏のアドバイスを受け、年間積算線量が20ミリシーベルトを超えるおそれのあるAエリア、20ミリ~5ミリのBエリア、それ以外のCエリアに全市を三区分し、エリアによって除染の方法を変える方針をいち早く立てた。しかし、ほとんどの自治体は国や福島県からの指示を待った。2011年8月に公布された特別措置法に基づき、政府は事故後1年間の積算線量が20ミリシーベルトを超えるおそれがあるとされた「計画的避難区域」と、福島第一原発から半径20km圏内の「警戒区域」を「特別地域」として指定し、国が直轄で除染を進めるとする一方、それ以外の年間の追加被ばく線量が1ミリシーベルトを超える地域を「汚染状況重点調査地域」と指定、そこの除染を市町村に求めた。除染ガイドラインが公表されたのは12月で、多くの自治体は2012年になって除染を始めた。

「何より問題だったのは、国も福島県も除染に関する何の『戦略』も示さなかったことです。除染ガイドラインという『戦術』だけ作って、市町村に丸投げした。その結果、汚染レベルと無関係に画一的な除染が実施されるようになりました。その方が住民への説明が簡単だからです。除染は ・・・続きを読む
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筆者

高橋真理子

高橋真理子(たかはし・まりこ) 朝日新聞 科学コーディネーター

朝日新聞 科学コーディネーター。1979年朝日新聞入社、「科学朝日」編集部員や論説委員(科学技術、医療担当)、科学部次長、科学エディター(部長)などを務める。著書に『最新 子宮頸がん予防――ワクチンと検診の正しい受け方』、共著書に『村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか?』『独創技術たちの苦闘』『生かされなかった教訓-巨大地震が原発を襲った』など、訳書に『ノーベル賞を獲った男』(共訳)、『量子力学の基本原理 なぜ常識と相容れないのか』。

 

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