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秋では遅い、理系目線の自民改憲草案批判

前文「科学技術」振興の押しつけ感、25条「環境」条項の唐突さ

尾関章 科学ジャーナリスト

 特定秘密保護法案がそうだった。安保関連法案も同様だ。ここ数年、国のありようにかかわる重大立法が相次いだが、世論が賛否に分かれて盛りあがったのは法案が国会の審議にかかってからだった。その流れをもっと早く察知して、十分な議論をしておくべきだったと今になって思う。

 そう考えると、今夏の国政選挙が終わって秋口から動きだしそうなのが、憲法改正論議だ。どんな改憲案がどういう手順で出されるかは不透明だが、そのたたき台は現与党の自民党が2012年春に決めた「日本国憲法改正草案」とみてよいだろう。私たちは今のうちに、この草案を熟読吟味して、批判すべきところは批判しておいたほうがよい。

拡大自民党の憲法改正推進本部会合=2016年2月16日午後、東京・永田町の党本部、飯塚晋一撮影

 現行憲法を改めるとなれば、最大の論点は第9条だ。これを抜きの改憲論議はありえない。だが、それに目を奪われるあまり、ほかの改定箇所の問題点を見逃すと、後で悔いることになる。改憲派には、まず抵抗感の小さいところから手をつけて「不磨の大典」感を和らげ、それから本丸に迫ろうという考えの人もいるようだ。だとすれば、準備体操のような扱いを受ける条項はたまったものでない。

 こうしたときに真っ先に目をつけられ、いいように利用されるのが科学関連のテーマだ。理系の話なら価値中立的という昔風の思い込みがあるのだろう。だが今日、それは通じない。私はここで、自民改憲草案を科学ジャーナリストの視点から論じてみたい。

 まずは前文。その第4段落はこうだ。「我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる」。斜め読みなら素通りしてしまうかもしれない。耳障りは悪くないからだ。だが、私たち日本国民は、ここでいったん立ちどまったほうがよい。

 この一文に見てとれるのは、経済成長に重きを置く価値観だ。そこに、科学技術が牽引車としてしっかり組み込まれている。これが戦後復興期の文案ならば、さもありなんという感じがする。だが私たちには、高度成長で「自然環境」を壊した苦い経験がある。3・11の原子力事故では「美しい国土」が荒廃するのをみて、巨大技術と大量消費を柱とする社会に反省を迫られたばかりだ。経済成長は、たとえそれをめざすにしても社会の営みを持続させるためのものであり、究極の大目標ではなくなっている。このくだりは、そんな戦後史に目もくれず、成長本位の旧思想を押しつけている印象が否めない。もっと議論されてよい記述だろう。

 個別の条文に入ると、見過ごせないのが第25条だ。25条の2は「環境保全の責務」にあてられ、「国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない」とある。ここで注目したいのは、保全されるべきものを「自然環境」とせずに漠然と「環境」としていることだ。自然破壊のみならず、工場の騒音から風俗店の乱立まで、日常の静穏を脅かす一切のものを視野に入れて、それらから生活環境を守るという意味だろうか。

 だとすれば、直前の第25条冒頭にある「全て国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という文言で事足りるように思えてならない。ちなみに、この条文は実質的には現行憲法の第25条1項と同じだ。 ・・・続きを読む
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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。1週1冊のブログ「本読みby chance」を開設中。

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