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「アルファ碁が人間に勝ったこと」の本質(上)

学ぶべきビジネスへの教訓とは

湯之上隆 コンサルタント(技術経営)、元半導体技術者

 「碁でも機械が人間に勝つようになった」
 「人間と機械(AI)との競争になる」
 “これらはすべて誤解を与える表現である”と書かれた記事を読んで、衝撃を受けた。その記事は、日立製作所・研究開発グループの矢野和男技師長が書いた「AIで不可能な時代に挑む」(日立評論、2016年4月号)である。

 私は、矢野氏が2014年に上梓した『データの見えざる手』(草思社)を読んで、昨年ブームとなったIoTの本質を理解することができた。それを記事に書いたところ、IoTに関する講演、技術相談、コンサル依頼が急増した。世の多くの企業はIoTの本質を理解しておらず、したがって「どうしたらIoTで稼ぐことができるか」が分からなかったからであろう。

 そして、今年のブームはAIである。私はIoTに続いてAIまでも、矢野氏にその本質を教えて頂いたことになった。本稿では、矢野氏が、「碁でも機械が人間に勝つようになった」ことをどう見ているか、AIの本質とは何か、AIが企業活動に何をもたらすのかを論じたい。

アルファ碁とプロ囲碁棋士の戦いとは

 チェスや将棋では、すでにAIが人間のトッププレーヤーに勝つことが当たり前になっている。しかし囲碁では、「向こう10年は人間に勝つのは無理だろう」と言われていた。囲碁はその探索空間が桁違いに広いため、次の一手を打つ時に、すべての可能性を計算した上で最適解を見つけられるようになるには、コンピューターの性能が足りないと思われていたからだ。

ソウル市内で行われた「アルファ碁」との最終第5局後、記者会見する韓国のイ・セ・ドル九段=2016年3月15日、グーグル・ディープマインド社提供

 ところがその予測を覆して、グーグルが開発したAI「アルファ碁」が世界トップ級の囲碁棋士に勝利してしまった。そのAIには、深層学習(Deep Learning、ディープラーニング)と呼ばれる技術が活用されており、とうとうAIが人間を破ったと大きく報道された。

 深層学習とは、脳の神経回路の仕組みを取り入れた機械学習であり、脳と同様に正しい答えを出した回路が強化される設計となっており、入力した学習用データからAI自ら特徴を抽出し、未知のパターンに対する判断ができる。

 つまり、人間の子供が算数の計算のドリルを行ってその経験から学び、そのドリルには無い計算ができるようになる、と思えばいいだろう。

 このような深層学習機能を備えたAIが世界トップ級の囲碁棋士に勝った。これを矢野氏は、「機械と人間が戦った」のではなく、「人間が人間と戦った」という見方をしたいと述べている。その考えもしなかった見方に、私は驚いたのである。

「人間と人間の戦い」とは

 矢野氏によれば、「一方の人間(世界トップ級の囲碁棋士)は、自分の経験と学習によって力を高める従来のアプローチをとった人である。すなわち、自らの身体や知力で戦う道を選んだ人である」。

 「もう一方の人間は、過去のあらゆる棋譜のデータからコンピューターを使ってシステマティックに学び、さらに,そのコンピューター同士を何千万局も戦わせて、その棋譜からも体系的に学ぶ方法を選んだ人である」、「このために,過去の大量データとコンピューターの圧倒的なデータ処理や記憶能力をどうすれば活用できるかを体系的に考えた人であり,そのために身体と知力を使った人である」と述べている。

 つまり、いずれも人の選択であり、それ故、矢野氏は「人と人の勝負だった」という見方をしたわけである。

 そして、結果的に後者の選択をした人が勝った。これは、「未知の問題に,(深層学習という)コンピューターを使った対処法を体系的に構築することに尽力することが効果を上げたから」であり、「この理由は単純」で、「コンピューターの性能が向上し,さらに学習源となるデータが整備されてきたからである」と矢野氏は論じている。

AIの本質とは

 矢野氏は、「ビジネスでも同じことが起きつつある」と述べ、これを、

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