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パーキンソン発病で考えた「二足歩行の起源」

ヒトの初期進化はサバンナよりも海辺で起きたに違いない

大谷剛 兵庫県立大学名誉教授(動物学)

歩けなくなって見えてきたこと

 6月3日、元ヘビー級ボクシングの世界チャンピオンだったモハメド・アリ氏が亡くなった。パーキンソン病を患いながらもアトランタ五輪の聖火リレーの最終ランナーを立派に務めたのを覚えている。

 その同じ病に思いがけずかかってしまった。2016年の正月に入ってすぐ背骨に力が入らなくなってスムーズに歩けなくなった。背骨はちゃんとあるのだが、まるでひっこぬかれたような感じで、腰が前方と右側に傾いていき、姿勢が保てない。椅子に座って食事をしたり、パソコンをいじっている分には何の支障もないが、歩行だけは簡単にできない。こうなると、生活は一変する。心も動転してパニックになりかかったが、とにかく病院(神経内科)でいろいろ調べてもらった。検査の結果は「パーキンソン病」という判定だった。

 この病気は、1817年にイギリスのジェームス・パーキンソン医師によって報告された比較的新しい難病で、原因も治療も不明だという。完治の例はなく、病気の進行を遅くするしかないようだ。希望の光が見い出せないなら、腹をくくって現段階で出来ることを見つけ出し、少しでも前向きに生き延びるしかない。

 「歩けない」ということについて私なりに現状分析を始めたとき、以前より興味のあった「ヒトの直立二足歩行」の由来のことを思い出した。この歩けない身で「切実に」二足歩行の起源を考えると、主流の「サバンナ説」よりも、一時期海辺で暮らしたという「アクア説」が光を帯びて見えてきたのである。

歩くときは四足が当たり前なのに

拡大仲間に敵が来たことを警告するプレーリードッグ=アメリカ・サウスダコタ州のウインドケイブ国立公園
 そもそも四足動物が腰を伸ばして動き回ることなど想定外である。歩く・走る、餌を探す・敵から逃げる。腰が90゜曲がっているのが正常だ。腰を伸ばすときは何かにびっくりしたときや遠くを見渡すときである。平原に棲むプレーリードッグやウサギ類は立ち止まって周囲の敵に気を配るとき、腰を伸ばすが、敵を認めたとたん、前足を下して四足で全力で逃げ去る。木から降りて開けた草原や岩山に進出したヒヒ類(マントヒヒとかゲラダヒヒ)は、二足歩行など決してしない。当然のように前足を歩行に使って四足で歩くのだ。

 それでは、サバンナに進出したと言われている初期人類はなぜ二足歩行をしたのか。地平線を見渡すため(=直立の起源)、ものを両手で運ぶため、冷却効果のため(=直立の効果)、長距離を走るため、優位者のディスフレイのため(ゴリラのドラミングからの発想)、種子類を採食したため(ゲラダヒヒの採食から)、というのが主だった説である(モーガン1997)。しかし、二足歩行がチンパンジー程度の脳量のころから始まったことが明らかになると、知能の発達が先行したことを前提とする仮説は色あせてしまう。何々のためとかいう「生ぬるい理由」ではなくて、差し迫った必要不可欠の理由でなければ、進化に繋がらない(後述)。

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 「アクア説」はヒトの初期進化で一時期水生適応をしたのではないかとする異説である。女性ジャーナリストのエイレン・モーガンが何冊も著作を書いて世に問うた(1972, 『人は海辺で進化した』1982, 『進化の傷あと』1990, 1994, 『人類の起源論争』1997)。

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 森林が多い環境からサバンナのような平原環境に変わったとき、そのサバンナ環境に進出して人類進化が始まったとする「サバンナ説」は、多くの人類学者たちに好まれている。サバンナ説を主張する人々は何故か「アクア説」をまったく無視している。ここに紹介した三冊の訳本を読み返してみると、 ・・・続きを読む
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筆者

大谷剛

大谷剛(おおたに・たけし) 兵庫県立大学名誉教授(動物学)

兵庫県立大学名誉教授、神戸女学院大学非常勤講師。1947年、福島県生まれ。東京農業大学卒業後、北大大学院に進み、(有)栗林自然写真研究所、(財)東京動物園協会を経て、兵庫県立人と自然の博物館と兵庫県立大学を2013年に定年退職。専門は昆虫行動学。『ミツバチ』(偕成社)、『昆虫のふしぎ─色と形のひみつ』(あかね書房)、『昆虫─大きくなれない擬態者たち』(農文協)など。

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