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リスク認知の盲点を露呈した自衛隊実弾事件

原発再稼働の判断にも同じ心理機制が働いている

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 舛添都知事(当時)たたきの狂想曲の中で、いろいろなニュースがスルーされてしまった。中でもきわめつけは自衛隊での事故(?)だ(5月25日)。訓練中の隊員同士が(手違いから)実弾を撃ち合ったというのだ(朝日デジタル6月2日他)。 「あり得ない事故」が起き得ると実感させられ、原発再稼働を巡る一連の報道と重なって、その安全性にまた思いが戻ることになった。

自衛隊員同士が実弾で「戦闘状態」

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 陸上自衛隊の然別演習場(北海道鹿追町)で起きたこの事件、計9人がなんと実弾79発を撃ち合っていた。至近距離で撃ち合って2人軽傷だけの被害ですんだのは「奇跡」だと、当の自衛隊幹部が言っている。「相手に命中させる」のではなく「周辺に撃って追い払う」訓練だったおかげだという。だが訓練していたのが輸送部隊だったこともあり、隊員の射撃練度が低くて助かったというのが真相かも知れない。

 空包と実弾とは、外観からしてもまず間違うことはないという。「想像を超えるような事故」「あり得ない事故」というお決まりの文句が、関係者の口から出ている。しかし実際はどうだったか。実弾誤射に至った過程では、少なくとも3重のミスが重なった(東京新聞6月6日夕刊他)。

 まず空包を請求するはずの担当者が、誤って実弾を請求してしまった。詳しく言うと、以前の実弾演習の時の請求を(空包請求と信じ込み)コンピューター上でカット&ペーストしてしまった。第二に、実弾を受け取った部隊が配布前の確認義務を怠った。そして最後に現場でも訓練部隊が誰も気づかず、そのまま装填(そうてん)、発射してしまった。

 ではどうして気づいたかというと、空包を撃つために銃口に装着している器具が実弾によって破損し、軽傷者が出たからだという。もしそれが起きなかったらいったい何発撃ち続けたのか、隊員が撃たれて倒れるまで気づかなかったのではないか。

「思い込み」ですらない、心の盲点の大きさ

 以上の経緯を認知心理学的に見ると、共通の大きな盲点があったことがわかる。まず空包請求をした担当者に、コピーした請求が「空包のもの」だという思い込みがあった・・・という言い方すらも実は正確ではない。正確には、そもそも「空包/実弾」の区別すら意識になかったのではないか(それが一瞬でもあったなら疑い、確認できたかも知れない)。

 これを受け取った上級部隊や現場部隊になると、この「思い込み」はいよいよ増幅された。「実弾かも」などという懸念は全く浮かばなかったに違いない。だからこそ「実弾1発でも紛失したら、数百人規模を動員して探す」という実弾管理を徹底しているはずの自衛隊で、こんな途方もない事態が起きた。

 繰り返しになるが「思い込みが強かった」というのも実は不正確で、そもそもいかなる「思い込み」も心に浮かばなかった、というのがおそらくは真相だ。このように心理的エラーは主に無意識レベルで起きる。

 人は予期していないものは認知できない。この点については心理学で数限りない証拠が挙がっている。1例だけ挙げれば、空港の安全検査などで、「そもそも武器など滅多に出ない」という暗黙の予期があると、検出率が著しく落ちることを示唆する研究がある(ハーバード大学の心理学者、J.ウォルフら)。

 あらためて思うのは安全管理における心理的な盲点の恐ろしさ、ということであり、最近にぎやかな「原発再稼働」のニュースに思いを馳せないわけにはいかない。

老朽化原発の再稼働と、安全性

 運転開始から40年を超えた関西電力高浜原発1、2号機( 福井県)について、原子力規制委員会は6月20日、60年までの運転延長を認可した。原子力エネルギー業界は官民一体となり、世論の反応を慎重に見ながら再稼働へのステップを進めてきた。それがいよいよ実現したということだろう。

 「必要に応じて最新の設備や機器に取り換えることによって、必要な機能や性能を維持していくことができる」。もちろんこれが再稼働の前提だ。しかし今回の決定で「40年原則」が破られ、「ごく例外的」にだけ認められるはずの再稼働が常態化するのでは、という懸念も出ている。

 この懸念には ・・・続きを読む
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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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