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米・独で発表された「STAP細胞」論文の真実

再現でも検証でもなかったことは日本のメディアで報じられている

粥川準二 サイエンスライター

「不都合な事実」?

 7月13日付でWEBRONZAに掲載された「米国とドイツでSTAP細胞関連の論文発表」(著者は湯之上隆氏)という記事を読んで愕然とした。と同時に、ひどく失望した。というのは、筆者はSTAP細胞をめぐる真偽不明の情報がインターネット上で出回るたびに、その根拠となる情報源を確認・検証し、その結果を複数の媒体に書いてきたからだ。出回る情報はいずれも「流言」であった。正確な情報を広めようと自分なりに努力してきたつもりだが、その努力が報われていないことを痛感した。

拡大アエラ6月13日号に掲載された筆者の記事

 本稿では「STAP細胞関連の論文」などを振り返り、論点をあらためて整理してみる。既出の拙稿と内容的な重複があることをご了承されたい。

「関連論文」で書かれたこと

 湯之上氏は、「米テキサス医科大学のKinga Vojnits等」と「ドイツのハイデルベルク大学のJee Young Kim等」がSTAP細胞に関連する論文を発表し、「米ハーバード大学附属ブリガムアンドウィメンズホスピタルが、STAP細胞の作成方法に関する特許」を各国に出願したことを取り上げ、WEBRONZAを含むマスメディアがそれらを取り上げないことを批判する。「不都合な事実に目を背け、無視し、ダンマリを決め込むのはいかがなものか」と。

 まずは「米テキサス医科大学」の論文から見てみよう。キンガ・ヴォイニッツ博士らが2015年11月に『ネイチャー』と同じ出版社が発行する『サイエンティフィック・リポーツ』で発表したものである。

 2015年12月と今年3月にはこの論文を根拠として「小保方晴子氏の研究が正しかった」という声がインターネット上で広がったが、結論からいうと、小保方氏らが2014年1月に『ネイチャー』で発表した論文とは、まったく異なるものである。

 ヴォイニッツ博士らは、マウスの足を「損傷(怪我)」させて筋肉の細胞を刺激し、その後に採取・培養したところ、多能性幹細胞、つまり、さまざまな細胞になることができる細胞に“似たもの”ができたことを観察した。この細胞は「iMuSC細胞(損傷誘導筋肉由来幹細胞様細胞)」と名づけられている。

 「損傷」による「刺激」を行っていることから、そのコンセプトは小保方氏らのそれと似てなくはないが、まず実験対象が違う。小保方氏らはさまざまな細胞を使ったとされているが、多能性の確認に成功したと『ネイチャー』論文に書いたのはリンパ球だけである。ヴォイニッツ博士らが使ったのは筋肉細胞である。方法もまったく異なる。小保方氏らはさまざまな刺激方法を試したとされるが、多能性の確認に成功したものとして論文に書いたのは酸である。一方、ヴォイニッツ博士らは「損傷(裂傷)」である。

 結果も異なる。このiMuSC細胞は3種類の胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)に変わったが、「キメラ」という多能性の確認方法では「完全な生殖細胞系の遺伝」は確認されなかった。つまり生殖細胞にはならなかった。この論文は、「部分的に(partially)」初期化することができ、「多能性様状態(pluripotent-like state)」にすることができたとは主張しているのだが、「部分的に」や「様(-like)」という表現で明らかなように、体細胞の初期化や多能性の獲得に成功したとは書いていない。

 次に「ドイツのハイデルベルク大学」の論文を見てみよう。大学院生ジー・ヤン・キム氏らが専門誌『生化学・生物物理学研究コミュニケーション』電子版に同年3月10日付で発表したものだ。

 この論文もまた、2016年5月半ばに「STAP現象の確認に成功」とインターネット上で話題になった。『婦人公論』同年6月14日号における小保方晴子氏と瀬戸内寂聴氏との対談でも言及された。しかしこの論文はそもそも、研究目的が多能性幹細胞(マスメディアのいう「万能細胞」)の開発ですらない。

 キム氏らの関心は、がん細胞と酸との関係だ。彼らは ・・・続きを読む
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筆者

粥川準二

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) サイエンスライター

1969年生まれ、愛知県出身。国士舘大学、明治学院大学、日本大学非常勤講師。「ジャーナリスト」や「社会学者」と呼ばれることも。著書『バイオ化する社会』(青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。

 

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