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続・パラリンピックにみる未来身体

オリンピックに取って代わる?

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 パラリンピックの入賞記録がオリンピックのそれに近づき、まさに凌駕(りょうが)せんとしている。そこから生じる「不公平」問題を、前稿では器具の技術進化という観点から論じた。「器具の優劣で勝敗が左右されるのは、公平性の理念に反する」、また「障害者が健常者と競うことを許せば、オリンピックでメダルを取るために自ら足を切断する者さえ現れるのでは」。そういう批判に対して、「熟練した道具は身体の一部となり、脳までが変わる。切り離して競わせる方が不公平」と反論し得ることも紹介した。

 ここではあらたに、オリンピックとパラリンピックを連続的に捉える視点を導入して、さらに掘り下げたい。

「新たな問題が生じた」わけではない

 前稿でも予告したように、「従来のオリンピックでは無かった問題が、パラリンピックで新たに生じた」というのは少し違う。むしろもともとオリンピックが抱えて来た問題、拡大してきた問題が、パラリンピックでいっそうあらわになった。そう考えるべきだろう。

リオ・パラリンピックの車いすバスケット、日本―オランダ戦=井手さゆり撮影拡大リオ・パラリンピックの車いすバスケット、日本―オランダ戦=井手さゆり撮影
 器具による不公平問題は、なにもパラリンピックに限らない。陸上競技に限っても、スパイクシューズや棒高跳びのポールはどうだろう。またその意味では冬季オリンピックは、パラリンピックで拡大した問題の前駆だった。ノルディック(距離、ジャンプ)ではスキー板の性能やワックスの優劣が、決定的にモノを言うという。またボブスレーなどではフェラーリやBMWが技術競争の鎬(しのぎ)を削っているという。深刻化しているドーピング問題にしても(道具のように「ブツ」は直接見えないが)「人工技術が勝敗の成否を握る」という本質は同じだろう。

 以前に「カール・ルイスのデータに従って、(素人が)それと同じ速さ/フォームで走れる」ウェアラブル(=装着型ロボット)というのが、提案されたことがあった(実現したかどうかはわからない)。これは動力を与えているから、さすがに現在のルールでは違反だろうが、では人工物の反発力を利用するのはどうだろう。これはすでに陸上短距離や走り幅跳びに特化した義足で実現している。もしそれに問題があるというなら、靴底の材質を工夫して反発力を強くした運動靴と、どこが本質的に違うというのか。少なくとも両者は連続的ではないか。

 では理想の走りのリズムだけ、ヘッドフォンなどで人工的に与える方法はどうだろう(ちなみにマラソンでは、人間のペースメーカーが公式に認められている)。あるいはフォーム矯正のためのフィードバックを与えることは。練習では当然認められるが、本番ではノー? ならばさらに半歩下がって、「いつも練習でこのロック音楽を聴きながら練習しているので、本番でも」と要求する選手が現れたら。

 このようにいくらでも境界例は出現する。どんどん話は本質から外れ瑣末な問題になるように見えて、むしろそこにこそ問題の本質がある。つまり純粋な公平性や倫理性なんて、理念としてはあり得ても現実にはあり得ない。追求すればするほど、無理な一線を引くことになる。 ・・・続きを読む
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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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