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 さてこのように考えていくと、私がこれまで別の文脈で“「地域密着人口」の増加”という表現でとらえていた現象が、別の新しい意味を持っていることが見えてくる。

増加する「地域密着人口」

 「地域密着人口」とは、子どもと高齢者を合わせた人口のことである。なぜそれを「地域密着人口」と呼ぶかというと、考えてみれば自明のことだが、人生全体の流れの中で、子どもの時期と、退職して以降の高齢の時期は、「地域」とのつながりが比較的強い時期だからである(それに対し現役時代はなんといってもカイシャないし職場とのつながりが強く、概して地域とのつながりは薄い)。

 そうした「地域密着人口」が人口全体の中で占める割合の推移を、過去と未来を含めて少し長いスパンで見たのが下図である。

拡大

 これを見ると、その推移はほぼ“U字カーブ”を描いていることがわかる。つまり、地域密着人口は高度成長期に象徴されるような、「拡大・成長」を基調とする戦後の50年前後は減少を続けてきたが、2000年代に入って増加に転じ、今後は2050年頃にかけて一貫して増加していく見通しとなっている。

 もちろんその実質は高齢世代の増加だが、こうした構造変化の中で、「地域」と関わりの強い人々の層が着実に増えていき、(成長の時代には影が薄くなっていった)「地域」というものの存在感が確実に大きくなっていく。これが“「地域密着人口」の増加”という言葉に込めた趣旨だった。

 しかしそれに加えて、先ほど「別の新しい意味」がこの構造変化には含まれていると述べたのは、次のような意味である。

 それは、本稿で述べてきた死生観や生と死をめぐるテーマとの関連で、いささか強調した象徴的表現を使うなら、この「地域密着人口」は、実は同時に“夢人口”とも呼べるような性格をももっている層であり、そうした“夢人口”が増えていくのがこれからの時代であるという把握である。

 「夢」という言葉には様々な意味で使われるが、ここで夢と言っているのは“将来は○○になるのが夢だ”というような、人生設計的な意味での夢ではない。そうではなく、一言で表現するのが難しいが、ここでの夢は、「現実あるいは世界というものを多層的に見る」とか、「(直線的ではないような)ゆるやかな時間を生きる」といった意味での「夢」である。

 あらためて言うまでもないことだが、現役時代というのは、仕事の様々なスケジュールに追われ、完全に“カレンダー的な時間”ないし直線的な時間の中を生きている。それは確固とした、一枚岩的で定かな「現実」であり、そこから逃れる術は(カイシャを完全にやめるなどしない限り)さしあたりない。

 しかし退職して以降の高齢期は、もちろん個人差もあり、また一概に一般化できるものではないが、少なくともそうした現役時代のカレンダー的な時間からある程度“解放”され、自由になるだろう。見えてくる「現実」も、現役時代に比べ少し幅が広がり、多層的になっていくのではないだろうか。“夢人口”期へのゆるやかな移行である。

 そしてさらに齢を重ね、70代後半あたりになってくると、徐々に記憶や思考などにも揺らぎが生じるようになり、また死も徐々に意識されるようになっていく。さらにやがて認知症的なことも現れてくると、前回、私の母親の例についてふれたように、半分以上“夢の中にいる”ようにもなってくる。

 以上が高齢世代に関する“夢人口”の意味だが、中身は異なるが同様のことが言えるのが「子ども」の時期である。

拡大生まれたばかりの赤ちゃんでいっぱいの新生児室=福岡市
 子どもの時代の「時間」も、大人になってからの時間のようにカレンダー的に完全に整序された時間ではなく、子ども時代を思い出してみればわかるように、そこには様々な“スキマ”があり、単一的な現実からはみ出るような部分をもっていた。(とは言えある時代から、特に東京など大都市圏の子どもの場合は、小学生の時から進学塾に通うのが当たり前になるなど、早い段階から「大人」と同じようなカレンダー的な時間、あるいは“上昇のエスカレーター”の現実の中に巻き込まれるようになったのだが。)

 “夢人口”との関連で、高齢者と子どもがもう一つ共通している面がある。たとえば古くから“7歳までは神のうち”といった表現があったように、子どもと高齢者はいずれも「死」に近い場所に位置しており、したがってこの世界を超えた、あるいは“向こうの世界”との接点に近いところにいると考えられてきたという点である。

 こうした高齢者と子どもの近接性は、人生の全体を生誕から始まり大きく弧を描いてまた元の場所に戻る「円環」のようなものとしてイメージすれば、特に明瞭となるだろう(こうした子どもと高齢者の近接性や、時間ないし死生観との関わりについては『死生観を問いなおす』(ちくま新書)参照)。

“夢と現実”あるいは「生と死」のクロス

 以上のように、「地域密着人口」である高齢者と子どもは、別の観点から見れば“夢人口”とも呼べる性格をもっている。

 あらためてその趣旨をまとめると、“夢人口”とは、カレンダー的あるいは直線的な時間に象徴されるような、一枚岩的な「現実」の世界から少し距離を置き、ゆるく、多層的な現実の中を生き、「死」とも相対的に近い場所にいる層のことである。 ・・・続きを読む
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筆者

広井良典

広井良典(ひろい・よしのり) 京都大学こころの未来研究センター教授(公共政策・科学哲学)

1961年生まれ。84年東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)。厚生省勤務、千葉大学法政経学部教授を経て現職。この間、マサチューセッツ工科大学客員研究員。社会保障、医療、環境などをめぐる政策研究からケア、死生観などについての哲学的考察まで幅広く発信。『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)で第9回大佛次郎論壇賞を受賞した。

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