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パリ協定発効の日、どこにもいない日本

「路線を変えられない国」の未来が心配だ

石井徹

 パリ協定が4日に発効する。

 先進国に温室効果ガスの削減目標を義務づけた京都議定書との違いは、削減目標を各国の言い値にしたことだ。達成できなかった場合の罰則も設けなかった。法的拘束力はあるものの削減の担保がないので、京都議定書からは後退したようにも見える。だが、「弱み」は「強み」にもなることを証明した。

 参加のハードルを下げたことで、すべての国が同じボートに乗ることができた。目標は自分で決めたのだから、各国は約束を守らないわけにはいかない。だから、各国は先を争って国内手続きを進め、協定は採択から1年足らずという異例の早さで発効した。

パリ協定の採択を喜ぶ参加者たち=2015年12月、パリ近郊、下司佳代子撮影拡大パリ協定の採択を喜ぶ参加者たち=2015年12月、パリ近郊、下司佳代子撮影

 温暖化の影響は日増しに深刻になっている。ただ、各国が発効を急いだのは、「地球を守る」という義俠心が主な理由だったわけではないだろう。世界は脱炭素に向かい、逆戻りすることはないという指針が明確に示されたことで、先行者利益を得るには、一刻も早く市場に参入した方がいいと考える国や企業が、一斉に走り出したというのが現実ではないか。

世界の価値観は変わった

 パリ協定によって、温室効果ガスを出すことは、倫理的にも、経済的にも「マイナス」になった。逆に、温暖化対策は「負担」ではなく、「ビジネスチャンス」に変わった。温暖化防止の新しいルールは、世界の価値観を変える「パラダイムシフト」であり、「ゲームチェンジャー」だったのだ。

 世界はすでに動いている。化石燃料関連企業から投資を引き揚げる機関投資家などは500団体を超え、さらに増え続けている。運用規模が日本の「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」に次ぐ世界2位のノルウェーの政府年金基金は、日本の北海道電力、四国電力、沖縄電力を含む52社の株の売却を決めた。

 世界最大の資産運用会社「ブラックロック」も、ポートフォリオの重要なリスク要因に気候変動を加えた。

 世界最大の石炭採掘会社「ピーボディーエナジー」(米国)が、4月に会社更生手続きを申請するなど、2014年以降、米国の石炭採掘会社上位5社のうち3社が倒産した。

 石炭や化石燃料の関連株は、市場価値が明らかに下がっている。海外の機関投資家の間では、石炭への投資はもはや回収の見込みのない「座礁資産」と見られている。

 化石燃料関連銘柄が低迷する一方で、グリーンボンド(環境債)の発行額は過去最大を更新した。自然エネルギーへの投資額は昨年、2859億㌦と過去最高となり、初めて途上国への投資が先進国を上回った。省エネルギー分野への投資も前年比6%増の約2200億㌦となった。

 日本はまるで別の惑星だ。石炭火力発電所の新増設計画は40基以上あり、設備容量は原発20基分にもなる。計画通り動けば、日本の温室効果ガス排出量は2~3%上昇する。将来の年金の目減りを招くかもしれないというのに、化石燃料から投融資の引き揚げを宣言した機関投資家や金融機関は、いまだに一つも出ていない。

決め手は炭素の価格化

 脱炭素社会へ移行するための決め手とみられる政策が、「カーボンプライシング(炭素の価格化)」である。二酸化炭素(CO₂)の排出に課金することで、CO₂を出しているところから出さないところに資金を移転する。それが脱炭素に向かう技術や制度のイノベーションを促進すると期待されている。代表的な制度が、排出量取引制度や炭素税だ。

 排出量取引制度は、欧州連合(EU)や米国の州レベルなどで導入が始まり、15年には韓国、来年には中国でも取り入れられる。炭素税はさらに多くの国で導入されている。

 日本でも東京都などがすでに導入しているものの、経済産業省が反対しているため、国レベルでは導入の見込みがない。炭素税は一応、日本でも導入されているが、その税率はフランスや北欧などの10分の1以下で、ほとんど効果が見込めないレベルだ。

 日本政府は、鉄鋼や電力、化学などの産業が支配的な経団連を始めとする産業界に過剰に気を遣う。経団連は10月、排出量取引や炭素税は「規制的手法」であり、「イノベーションを阻害する」などとする提言を発表した。「炭素の価格化がイノベーションを促す」と考えている海外とは正反対である。

 世界の二酸化炭素(CO₂)排出量は昨年、2年連続で横ばいだった。その間に世界経済は年3%以上ずつ成長している。世界は、すでに「デカップリング(切り離し)」の時代に入っている。

 欧米に遅れた日本でも、デカップリングは始まっている。だが、いまだに「経済成長にはCO₂排出が必要だ」と思い込んでいるようだ。2020年の削減目標である05年比3・8%減(1990年比3・1%増)は、14年にすでに達成してしまったというのに、目標を引き上げようともしない。要するに、やる気がないのだ。

「変われない日本」の深刻さ

 地球環境分野での日本の地位低下は甚だしい。京都会議(COP3)では、議長国として議定書をまとめたというのに、パリ会議(COP21)では、交渉を先導した先進国と途上国の有志でつくる「野心連合」にも最終日にやっと入れてもらうという体たらくだった。

 COP21期間中、交渉の足を引っ張る国に環境NGOが贈る「化石賞」を、珍しく日本は一度も受賞しなかった。前向きと評価された訳ではない。影響力のない日本は、NGOにも相手にされなくなった。

 「チャンスにしながら日本の成長につながたい」「日本が主導的な立場を取って批准する」……。これらは、今国会での環太平洋経済連携協定(TPP)に関する安倍晋三首相の答弁だ。この意欲が、幾ばくかでも、パリ協定の批准に向けられていれば、発効の日に日本がいないようなことにはならなかっただろう。

 7日からモロッコのマラケシュで始まる国連気候変動会議(COP22)では、パリ協定第1回締約国会議も開かれる。批准が遅れた日本は、この会議に正式参加できず。オブザーバー参加となる。批准の遅れについて、日本政府は「実害はない」と言い続けている。確かに、実質的な議論はなさそうだ。

 だが、日本の批准の遅れが意味するのは、米中などの動きを見誤ったという情報分析能力の低下の問題でも、第1回会議に正式参加できないという体裁の問題でもない。 ・・・続きを読む
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筆者

石井徹

石井徹(いしい・とおる) 朝日新聞編集委員(環境、エネルギー)

朝日新聞編集委員。東京都出身。1985年朝日新聞入社、盛岡支局員、社会部員、千葉総局次長、青森総局長などを務めた。97年の地球温暖化防止京都会議(COP3)以降、国内外の環境問題やエネルギー問題を中心に取材・執筆活動を続けている。共著に「地球異変」「地球よ 環境元年宣言」「エコウオーズ」など。

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