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基礎研究を弱体化させる防衛予算の導入

軍事・非軍事の線引きよりも大事なこと

須藤靖

  最初は大した違いはあるまいと思って始めたことが、やがて取り返しのつかない結果をうむことがある。短期的に良かれと考えたことが、長期的には全く逆の方向に働くことがある。現在、日本学術会議が取り組んでいる基礎研究と軍事研究のありかたをめぐる議論には、まさにそのような視点が不可欠である。

 あらかじめお断りしておくと、私は2017年9月末までの6年間、日本学術会議会員として活動しているのだが、この問題を議論する「安全保障と学術に関する検討委員会」のメンバーではない。したがって、あくまで個人の立場であることを断った上で以下、意見を述べてみたい。

細部にこだわり全体を見失った経験

 今から20年以上前、初めて物理の大学入試問題作成を担当した時、私はなるべく物理が得意な学生が合格してくれることを目指してかなり難しい問題を提案した。しかし最初の問題作成委員会の際に、経験豊かな先生から次のコメントを頂いた。「物理ができる学生を数多く入学させたいと思うのならば、むしろ問題は易しめにすべきです」

 予想もしない意見に驚かされたものの、よく考えてみれば実にもっともなのである。東京大学の理科系入学試験では、必修の英語(120点)、国語(80点)、数学(120点)に加えて、物理・化学・生物・地学の理科4科目から2科目(60点×2)を選択する。合否は、センター試験の合計点を110点満点に換算したものと、上記の点数を合計した総点(550点満点)順に決められる。注意すべきなのは、物理は必修ではなく、かつその配点は高くないことだ。ここで私のように難しい問題を出してしまうと、当然物理の平均点が下がる。その結果、何が起こるだろう。

 例えば、難しくなった物理の平均点が20点、残りの理科3科目はいずれも平均点が30点だとしよう。当然、物理を選択した学生は、他の科目を選択した学生より総点の平均点も10点下がることになる。その結果、そもそも物理を選択しなかった学生が合格する割合が増える。さらに物理を選択した学生の中ですら、相対的に物理が得意な学生が合格するよりも、それ以外の教科の成績の出来不出来がより合否に結びつく可能性が高くなる(平均点が低い難しい科目で10点多く得点するより、易しい科目でさらに10点稼ぐほうが楽である)。

 一方で、難しい問題を出せば次年度以降の受験生に対するメッセージとなり、物理をますます一所懸命勉強するようになるはずだ、と考える人がいるかもしれない。無論、これも間違っている(というか、甘い)。よっぽど自信がない限り、受験生は平均点が低い科目は敬遠し、他の科目を選択するほうに流れるものだ。つまり、そもそも物理の選択者を減らし、ひいては物理の受験勉強をしない学生を増やしてしまう、というわけで当初の意図と逆センスに働いてしまうのである。

 この例は、「物事を細部にこだわり局所的に見てしまうと、逆にその本質を見失い結局は大失敗につながる」という普遍的な教訓を含んでいる。これから述べる基礎研究と軍事研究の関係を考える際にも大いに参考になる。 ・・・続きを読む
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筆者

須藤靖

須藤靖(すとう・やすし)  東京大学教授(宇宙物理学)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。第22期・第23期日本学術会議会員。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に『ものの大きさ』、『解析力学・量子論』、『人生一般二相対論』(いずれも東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『三日月とクロワッサン』、『主役はダーク』『宇宙人の見る地球』(いずれも毎日新聞社)などがある。

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