メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

「3人の親」を持つ子どもをどう考える?

国境を越える「ミトコンドリア置換」を規制できるか

粥川準二 サイエンスライター

 先天的な病気の回避や不妊治療を目的として、第三者の女性に由来する卵子を利用して妊娠・出産させるという方法が相次いで報告されている。今年9月、メキシコでこの方法を使って男の子が生まれたことが広く報じられた。10月には、ウクライナでよく似た方法を使って、女性2人が妊娠し、来年にも男の子と女の子が生まれることになっていると報じられた。どちらも「3人の親を持つ赤ちゃん」と呼ばれている。

 困ったことに、この方法の名称は安定していない。近年、英国がこの方法を導入しようと検討しており、英国などの英語圏メディアが報じ続けてきたが、名称は「ミトコンドリア置換治療」、「ミトコンドリア移植」、「卵子の核移植」、「卵子の遺伝子治療」、そして「3人親法」、「3人親体外受精」などさまざまなものが使われてきた。

 本稿では、日本語圏で比較的よく使われている「ミトコンドリア置換」を暫定的に使い、論点を整理する。

 9月27日から28日にかけて、米医師がメキシコで、ヨルダン人夫婦の依頼により、ミトコンドリア病が遺伝するのを回避するために第三者の卵子を使った子どもを誕生させたことを各報道機関が報じた。

 「3人の遺伝子を受け継ぐ子ども誕生 メキシコで体外受精」(『朝日新聞』9月27日付)など、見出しでは「3人」が強調されている。かくいう筆者もまた、『AERA(アエラ)』10月10日号(『.dot』10月3日付に転載)で、「「3人の親」を持つ子ども」という見出しで、この技術を解説した。したがって以下、あくまでも自戒を込めて、この技術の問題点が「3人」とは別のところにあることをあらためて論じ直してみたい。

米医師がメキシコでヨルダン人夫婦に実施

 まず概略を確認しよう。最初にこの事例を伝えた英科学雑誌『ニューサイエンティスト』などによると、実施したのは、ニューヨークにあるニューホープ不妊センターのジョン・ザン医師らのグループ、依頼したのは匿名のヨルダン人夫婦である。行われた場所は、メキシコの「グアダラハラ・クリニック」だ。

 このヨルダン人夫婦は4回の流産を経験した後、2人の子どもをもうけたが、1人を6歳で、もう1人を8カ月で亡くしている。亡くなった2人は「リー症候群」という遺伝性疾患を抱えていた。リー症候群は、日本語では「リー脳症」ということもある神経疾患で、発育の停止や筋力の低下などが見られる。このケースでは、その原因が母親のミトコンドリアにあるDNAの変異であることがわかった。

 ミトコンドリアは、細胞の核の外側(細胞質)にある小器官で、エネルギーを生産する役割などを持つ。ミトコンドリアを構成するDNAにも遺伝子があり、これらに変異があると、ミトコンドリア病と呼ばれる一連の病気の原因になる可能性がある。リー症候群はその1つだ。そしてミトコンドリアDNAは卵子を通じて母親から子どもにそのまま遺伝する。父親のミトコンドリアDNAは遺伝しない。

 母親のミトコンドリア病が子どもに遺伝するのを回避するために、第三者の女性(提供者)から卵子を提供してもらい、そのミトコンドリアを使う方法が提案されてきた。

ミトコンドリア置換には2つの方法

 「ミトコンドリア置換」は、主に2つの方法が提案されている。

ミトコンドリア置換の方法のひとつ、前核置換拡大ミトコンドリア置換の方法のひとつ、前核置換
もうひとつのミトコンドリア置換、紡錘体置換(卵子核移植)拡大もうひとつのミトコンドリア置換、紡錘体置換(卵子核移植)

 1つは、母親の卵子と提供者の卵子それぞれに父親の精子を受精させ、できた2つの受精卵からそれぞれ核を取り除き、核のない提供者側の受精卵に、母親側の核を移植する、という方法である。「前核置換」と呼ばれる。

 もう1つは、母親の卵子と提供者の卵子それぞれから核を取り除き、核のない提供者の卵子に、母親の卵子の核を移植し、できた卵子に父親の精子を受精する、という方法である。「紡錘体(ぼうすいたい)置換」と呼ばれる(「卵子核移植」とも呼ばれる)。

 どちらも結果としてできる受精卵には、母親と父親に由来する核DNAと、提供者に由来するミトコンドリアDNAが含まれることになる。メディアがしばしば、「3人の親」を強調するのはこのためである。

 英国では前核置換が認可されたのだが、この方法では受精卵を破壊する必要がある。イスラム教徒であるヨルダン人夫婦はこの方法を好まず、ザン医師は紡錘体置換を実施したと伝えられている。ただし、イスラム教徒全般が受精卵や胚(はい)の破壊に反対するのかどうかは微妙である。こうした懸念は、むしろキリスト教圏でしばしば持ち上がる。

 米国では、食品医薬品局(FDA)が同局による審査と認可を条件として、ミトコンドリア置換を認めているが、議会はヒト胚の遺伝子を操作することになる研究申請を審査することにFDAが予算を使うことを禁止した。つまり事実上、禁止されている。そのためザン医師らは「何のルールもない」というメキシコでこれを実施した。

 ザン医師らはミトコンドリア置換で、合計5個の受精卵を作成した。そのうち1個だけが正常な胚へと発生し、母親に移植された。今年4月6日、男の子が生まれた。いまのところ健康だと伝えられている。

 ザン医師らはこのケースを、10月に開催された米国生殖医学会で報告した。母親の核が提供者の卵子に移植された後では、問題のあるミトコンドリアの比率は、平均して5%程度に落ちたという。つまり母親由来のミトコンドリアはわずかながら残っている。2人に由来するミトコンドリアの存在が、結果として生まれた赤ちゃんの健康にどう影響するかについてはもちろんわからず、ザン医師らは健康診断やミトコンドリアの検査を継続するという。同学会のウェブサイトでその要約が公開され、『ネイチャー・ニュース』も報道したが、公開された情報量は少なく、このケースにはまだまだわからないことが多い。たとえば卵子の提供者については、まったく情報がない。親族なのか他人なのか、有償なのかボランティアなのか、現時点では伝えられていない。

ウクライナでは「不妊治療」として実施

 10月には、ウクライナの不妊クリニックが、よく似ているが少し異なる「ミトコンドリア置換」を不妊治療として使って、2人の女性を妊娠させたことがわかった。またしても、英科学雑誌『ニューサイエンティスト』のスクープだった。 ・・・続きを読む
(残り:約2629文字/本文:約5185文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

粥川準二

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) サイエンスライター

1969年生まれ、愛知県出身。国士舘大学、明治学院大学、日本大学非常勤講師。「ジャーナリスト」や「社会学者」と呼ばれることも。著書『バイオ化する社会』(青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。

 

粥川準二の新着記事

もっと見る