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「脱炭素」は、産業革命か、共産主義革命か

2度目標の生みの親、シェルンフーバー氏に聞く

江守正多 国立環境研究所気候変動リスク評価研究室長

 数年前から「環境・エネルギー革命」あるいは「脱炭素革命」という言葉を聞くようになり、自分でも口にするようになった。そのころからぼんやりと考えてきたのは、それが「革命」であるとすれば、「産業革命」と「共産主義革命」のどちらに似ているだろうか、ということだ。

 産業革命は、技術のイノベーションによってもたらされ、機械に仕事を奪われた労働者がどんなに抵抗(ラッダイト運動として知られる)しようと、誰にも押しとどめることはできずに不可避的に進んだ。共産主義革命は(筆者の浅薄な理解では)資本主義の本質的な問題の指摘に始まる理念的な運動によってもたらされたが、世界史的に見れば失敗に終わったと評価されるだろう。

 去年の7月、筆者はこの疑問にひとつの解答をもたらす概念に出会った。COP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)に先立ってパリで行われた“Our Common Future under Climate Change”という大きな学術集会のパネルディスカッションで、ドイツ・ポツダム気候影響研究所のシェルンフーバー所長(Hans Joachim Schellnhuber)が提示した“induced implosion (of the carbon economy)”という概念がそれだ。

 つまり、炭素経済(化石燃料に依存した経済)は、implosion(内部崩壊)を起こす。これは産業革命に似て一度始まってしまえば誰にも押しとどめることができない大きな流れになるはずだ。しかし、この過程はただ放っておいたのでは始まらず、induce(誘導)する必要がある。この部分ではもしかしたら共産主義革命に似た理念的な運動が重要な役割を果たす。

 すなわち、「脱炭素革命」の最初の部分は、共産主義革命に似て理念的な運動で始まるが、途中からは産業革命に似た技術・経済・社会の大転換の流れとなり、誰にも止められなくなる、というのがinduced implosionという概念から受け取った、筆者の最初の疑問への解答だ。

2度目標の生みの親、シェルンフーバー氏拡大2度目標の生みの親、シェルンフーバー氏

 幸運なことに、この概念の提唱者であるシェルンフーバーさんが今年11月の環境省の審議会出席のために来日された際に、インタビューをさせて頂く機会を得た。

 シェルンフーバーさんは、ドイツのアンゲラ・メルケル現首相が環境大臣であった20年前から、気候問題について彼女の科学アドバイザーを務めてきた。また、昨年6月にローマ法王が発表した気候変動問題についての「回勅」の作成においても中心的な役割を果たした。

 昨年末にパリのCOP21で合意され、今年11月に異例のスピード発効をした「パリ協定」に盛り込まれた長期目標(世界平均気温の上昇を産業革命前から2度より十分低く抑え、1.5度未満を目指して努力する)の元となった「2度目標」の生みの親でもある。

2度目標の生みの親

 江守 あなたが「2度目標」の生みの親であるとどこかで読んだのですが、正しいですか?

 シェルンフーバー 温暖化を2度で抑えるのが合理的だと言った人は他にもいたが、私の知る限り、それを政治プロセスに持ち込んだのは私が関わったものが初めてだ。1994年にドイツの「地球変動に関する諮問委員会」の中で私が言い出して議論し、1995年にベルリンで行われたCOP1に向けてドイツ政府に提案した。COP1を取り仕切っていたのは現在ドイツ首相であるアンゲラ・メルケルだ。

 江守 当時は環境大臣でしたね。

 シェルンフーバー 私が彼女に「2度」を提案した。その後、この提案はドイツ政府を通じて欧州理事会で議論され、1996年に欧州理事会の正式な決議になった。

「失われた20年」を振り返る

 江守 それからちょうど20年が経っています。今やそれが国際合意になったのはすごいことです。しかし、その20年の間に温室効果ガスの排出量も大気中濃度も上昇を続け、目標の達成はどんどん難しくなってきました。20年間で、「2度目標」に関するあなたの認識は変化しましたか?

 シェルンフーバー まず、国際合意になったのは本当にすごいことだ。今やわれわれは気候問題の対策において一つのナラティブ(物語)を共有しているのだから。そして、一つの数字(2度)をも共有している。これが非常に重要だ。世界の気温上昇は、温室効果ガスの排出量の累積に依存するので、残された排出可能な量が規定される。言ってみれば「2度」がすべてを規定するのだ。

 一方で、おっしゃるとおり、そこに至るのは非常に遅かった。1996年に欧州理事会が「2度」を採用したときに、中国、米国なども合意していたら……と思うが、もちろんそれは当時不可能だった。中国も、インドも、排出の権利を主張していた。それが政策決定の現実だ。みんなが合意するには、長い長い時間がかかる。20年が失われた。「2度未満」の実現は、20年前は比較的実現性が高かったが、今は非常に難しい。

 しかし同時に、この20年の間に2度を超えるべきでない理由がより明らかになった。いくつかの危険なティッピングポイント(大規模で不可逆な影響の起きる閾値)を超えてしまうかもしれないといったことだ。それに、「2度」は非常に難しいが不可能ではない。特にドイツの固定価格買い取り制度導入以降、太陽光発電と風力発電のコストが劇的に安くなってきている。

 つまり、失われた20年の間に得られるものもあったということだ。希望はまだある。 ・・・続きを読む
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筆者

江守正多

江守正多(えもり・せいた) 国立環境研究所気候変動リスク評価研究室長

1970年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1997年に国立環境研究所に入所し、2011年より気候変動リスク評価研究室長。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書主執筆者。2012年に日本気象学会堀内賞受賞。著書に「異常気象と人類の選択」等。

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