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続・ブラックボックス化する現代社会

健忘症化、近視眼化と私たち自身の変容

下條信輔

 前稿では、現代社会のブラックボックス化を、「仕組みや因果関係がわからない」「ブラックボックスが階層化する」「意図的な隠蔽が拡大する」という三つの側面から素描した。またそこから起き得る変化を「予測が当たらなくなる」「過去のブラックボックス化が起きる」「偽装が増える」という三つの予測にまとめた。

 だがこれらの変化の深層には、より本質的な心理学的な変化がある。それを次の「予測4」としたい。

予測4:「受け入れの習性」が強まる

 「膨れ上がったグレーゾーンを受け入れて、私たちは生きている」と前稿で書いた。私たち現代人の「ブラックボックスであっても受け入れる習性」はますます強まる。これが予測の4であり、また前記の予測1〜3を支える深層心理の土壌でもある。

 安保法制をめぐる駆け引きや、自衛隊の海外派遣と「駆けつけ警護」、2020年東京オリンピック会場などの政治問題、あるいはアベノミクスにからむ経済政策論争。いずれも異論さまざまで、どれが正しいのか素人にも玄人にもわからない。また消費者レベルでも、クレジットカードのリボ払いをめぐり、知らない間に借金地獄にはまる被害が相次いでいるという。巨大化する情報の網の目がグレーゾーンを拡大し、そのはざまでの消費者の無知が搾取の対象となる。これもブラックボックス化のひとつの意味だ。

拡大情報は簡単に入出力できる
 これだけの情報社会だから、必要な情報はアクセスすれば得られるはずなのに、なぜこんなことが起こるのか。一見直感に反するが、実はつじつまが合っている。情報社会というのは社会装置全体の話で、個人(の脳)から見れば、むしろ世界のブラックボックス化のほうが進んでいる。そしていつの間にか「ブラックボックスであっても受け入れる習性」が育ってしまった。健全な知識欲を、マーケティング戦略によって潜在過程へと封じ込める現象が起きている、とも言える。

 この最後の点についての考察を半歩だけ進めると、「実は私たち自身がブラックボックス化しているのでは」という疑問に行きつく。

私たち自身のブラックボックス化

 そもそもブラックボックスには「入出力関係だけで記述できる存在」という含意がある。現代人はこの「ブラックボックスを受け入れる習性」を介して、自身がブラックボックスになり果てようとしているのではないか。

拡大だが入力と出力の因果関係は、ブラックボックスで見えない
 心のブラックボックス化とは、刺激に対して複雑な判断ができず、型にはまった反応しかできなくなることだ。少し専門的に言うと、因果関係を理解しようとする複雑な「内部モデル」が失われている。ここでの内部モデルとは、過去の記憶を蓄えて未来の予測をする、心のシミュレーション装置と考えてもらえばいい。平たくいえば、出来事の背後にある因果関係を推定し、あれこれの可能性を考慮して意思決定をする能力に他ならない。後でふれるように、健忘症化と近視眼化がこれを妨げる。

 同じことを外から見れば、個々人の心が「入出力関係だけで記述できる存在」になる。そこに潜在マーケティングが付け入る隙(すき)もできる。 ・・・続きを読む
(残り:約1803文字/本文:約3060文字)

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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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