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米国はパリ協定から離脱できるのか

矛盾だらけで前途多難なトランプ新政権が船出する

西村六善 日本国際問題研究所客員研究員

 次期米国大統領のドナルド・トランプ氏は、国民の大多数の支持を得たわけではない。第一に、有権者の45%は投票しなかった。投票総数ではヒラリー・クリントン候補の方が280万票という大差で勝った。トランプ氏が当選したのは選挙人制度のせいだ。クリントン氏は、激戦州だったミシガン州で1万票の差、ペンシルベニア州で4.5万票の差、ウィスコンシン州で2.5万票の差で敗北した。仮にこの3州合わせてわずか8~9万票を余計に取っていれば、クリントン氏が当選していた。

米大統領選で何が起きたのか?

 中西部の激戦州で、わずかな差で負けたのが決定的だった。この激戦州で十分な運動をしなかった作戦の失敗だ。ただ、別の理由もある。クリントン氏は「新時代の米国」を実感させなかった。トランプ氏側の悪宣伝もあって、単なる現状維持勢力とみられた。だから、若年層や貧困層に訴える力が弱かった。2008年のオバマのような興奮を巻き起こさなかったのだ。民主党の今後の問題だ。

支持者に演説するトランプ氏=2016年11月6日、ランハム裕子撮影拡大支持者に演説するトランプ氏=2016年11月6日、ランハム裕子撮影
 一方のトランプ氏は、高卒白人労働者の窮状と怒りに、粗暴で単純な解決を示した。移民と貿易の制限である。また、旧来型の政治エリートとワシントンの機能不全を嫌悪する大衆に迎合して、旧体制打破を強調し、国民の盛り上がりを得た。大衆は、トランプ氏の人格上の問題よりも、旧体制打破というスローガンにひかれた。

 トランプ氏は、もう一つの追い風も利用した。それは、過去30~40年近く続いた文化的多元主義に対する白人社会の敵意だ。移民が大量に流入している。少数者への保護は過剰だ。同性婚などは社会道徳を崩壊させている……。かなりの白人社会はそう考え、違和感と被害者意識を強めてきた。トランプ氏は、こういう敵意の波に乗って強い発言をした。

 民主党のオバマ政権は過去8年間、貧困対策を怠ってきたわけではない。セーフティーネットの拡充は何度も試みた。しかし議会では、共和党が小政府、小規制、減税などの伝統的党是に基づき全面的に強硬に反対した。多くの場合、オバマ政権は大統領の行政権限を使って施策を進めたが、これにも共和党は反対した。ワシントンは一層の機能不全に陥り、国民はワシントンの政治エリートに対する敵意を強くした。

 過去8年間のオバマ政権の成長と雇用の成績には、前向きの評価が与えられている。だが、クリントン氏は、中西部の工業地帯での白人中間層の不満と怒りを十分受け止められなかった。トランプ氏はその間隙を突いたのだ。さらに文化的多元主義を攻撃し、保護主義で中間層の雇用を増やすと保証した。その上、ワシントンのエリート政治打破、アメリカ利益第一主義などを旗頭にして、僅差(きんさ)で当選してしまった。

共和党とトランプ氏が抱える矛盾

 当のトランプ氏をはじめ、ほとんどの人が想定しなかった事態が起きた。この事態で、政治的に最も注目されるのは共和党の抱えた矛盾である。私見では、トランプ現象は精々4年の話だ。民主党は4年後の政権奪取に向けて行動を開始するだろう。貧困白人層への食い込みに懸命になるだろう。新しい米国の展開を牽引(けんいん)するリーダーが出てくるだろう。

 共和党は、トランプ大統領のために党是をねじ曲げられている。絶対的党是であった「小政府主義」や「財政の規律」は風前の灯だ。保護主義的貿易政策も、共和党の党是に真っ向から逆行する。国内の雇用維持を特定の企業に要求するなどは、禁断の手段だ。

 今のところ、共和党はそういうトランプ大統領の独断的行動に追随している。リベラルを打倒するために節を曲げているのだ。共和党はこのまま伝統的な小政府主義を放棄してしまうのか?

 これが米国の政治の最大の問題だ。

 トランプ大統領の米国は、パリ協定から離脱するという。しかし当選した後、ニューヨーク・タイムズ紙との会合で「離脱については白紙だ」と述べた。温暖化と人間の行動には一定の関係があるとも述べ、温暖化防止がアメリカ企業の競争力に負担になっている点も研究したいと述べた。

 しかし、それは言い逃れのようなもので、実際は国内の環境保護やエネルギーに関する規制を、根こそぎ撤廃しようとしている。「環境よりも経済優先」、「世界利益よりもアメリカ利益第一主義」。これが原則だ。規制が産業を窒息させてきたと主張し、それを取り払い、思う存分化石燃料を掘り出す。米国のエネルギー自給を確保し、斜陽の石炭産業を「100%復活させる」(トランプ氏)つもりのようだ。

 それを実現するような閣僚を任命している。気候変動の国際交渉を担当する国務長官には、世界最大の石油企業であるエクソン・モービル社のティラーソン社長が指名された。エネルギー省のペリー長官は長年テキサス州知事を務め、石油産業の興隆に力を注いできた人物だ。化石燃料への規制には最も強く反対してきた。エネルギー省の廃止を主張していた。環境保護庁のプルイット長官は、気候変動の科学の否定論者だ。オクラホマ州の司法長官として、環境保護庁の規制行政に対して何度も訴訟を提起してきた。

 国内では化石燃料を増産し、CO2排出を増やしながら、国際的には化石燃料の廃止を目指すパリ協定に留まることは出来ない。トランプ氏が抱え込んだ矛盾だ。共和党内には温暖化の科学を否定する強硬派がたくさんいる。石油などの巨大資本は、おおむね温暖化の科学を否定している。だからパリ協定から離脱するトランプ氏を強く支持した。膨大な献金もした。

成長のカギに背を向ける

 トランプ氏が「パリ協定離脱は白紙だ」という以上、いずれこの矛盾を解決し、支持者との関係を調整しなければならない。パリ協定から脱退はしないが温暖化防止への国際的連帯に背を向けるという選択もありうる。温暖化の科学の否定に乗り出すかもしれない。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)への攻撃を始めるかもしれない。

 それに備えて米国などの研究者たちが基礎データの保護に動いている。1月5日付の朝日新聞はそう報じている。しかし、米国がパリ協定と温暖化の科学に反対を唱え始めたら、全世界からごうごうたる非難を浴びるだろう。いくつかの国は米国への対抗措置をとるかもしれない。

 ティラーソン氏が国務長官になれば、この事態を目の当たりにすることになる。トランプ大統領は外遊先で抗議するデモ隊に取り囲まれるだろう。ティラーソン氏のような国際的大企業の経営者がこの事態をどう判断するのか見ものだ。 ・・・続きを読む
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筆者

西村六善

西村六善(にしむら・むつよし) 日本国際問題研究所客員研究員

1940年札幌市生まれ。元外務省欧亜局長。99年の経済協力開発機構(OECD)大使時代より気候変動問題に関与、2005年気候変動担当大使、07年内閣官房参与(地球温暖化問題担当)などを歴任。一貫して国連気候変動交渉と地球環境問題に関係してきた。現在は日本国際問題研究所客員研究員。

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