現地に足を運んでデータを積み上げた科学者、早野龍五さんに聞く
2017年03月06日
2011年3月、福島第一原発の異変を感知した直後からツイッターによる情報発信を始めた東京大学理学部教授の早野龍五さんは、この3月に東大を定年退職する。現地に足を運び、「福島県南相馬市での給食検査」「ホールボディーカウンターによる内部被曝(ばく)調査」「乳幼児専用の検査装置(ベビースキャン)導入」など、さまざまな取り組みに身を投じてきた。6年間を振り返り、復興に寄せる思いを聞いた。(聞き手・伊藤隆太郎)
――なぜ先生は福島にかかわってこられたのでしょうか。
ただ、自分が研究してきた内容そのものは、すぐに何かに応用できるものではありません。ですから、多大な研究費をいただいて仕事してきたことに関して、心の片隅に「どこかで何らかの社会的な還元をしたい」という思いがありました。
そのときに、3.11を迎えたのです。自分が科学者として発信できる範囲で、ツイッターで発信を始めると、一気にフォロワーが15万人を超えました。顔をさらして、実名を出し、逃げも隠れもできない状況で、「何かを発信するなら、いまだろう」と思いました。
自分は、研究者の視点から3.11を見てきたと思います。それは、「ほかの人が気づかないことを、気づいてしまった責任」と言ったらいいのでしょうか。研究者として、気づいた責任がある人間として、福島と向き合ってきました。
原発については、まったくの素人です。決して専門ではありません。でも、学生だって5年やれば博士論文を書けますよね。自分もその都度、研究者として学んだことを積み重ね、ひとかどの論文を発表できるまでになりました。
ツイッターで常に常に意識してきたのは、「根拠はなにか」「原典はどこにあるか」を明示することです。この原則は6年間、貫けたと自負しています。あまり感情的にならず、相手に反批判で応じることも慎みました。
――「研究者の責任」として発表された最新論文が、関係者に衝撃を与えているようです。どのような内容でしょうか。
福島県伊達市の放射線量と、住民の被曝の関係について論じています。全部で3本を予定し、第1論文が査読付きの学術雑誌に掲載されました。第2論文も間もなく掲載される予定です。いまは第3論文を準備中です。
福島第一原発から北西に約60キロ離れた伊達市で、事故後の2011年8月から、外部被曝線量を記録できる「ガラスバッジ」が住民に配られました。最初は子どもと妊婦で、線量の高い市南部から配りはじめ、最終的には6万人の住民全員に配布されました。
ガラスバッジには3カ月分の積算線量が記録されます。3カ月ごとに提出して新しいガラスバッジに交換します。
一方、住民が暮らしている地域の空間線量は、上空からの航空機モニタリングによって調べられています。地上1メートル地点における線量データが、500メートルごとに区切られた地図に整理されます。こうして、事故後の5カ月目〜51カ月目における個人積算線量と、空間線量との関係データがそろいました。
では、ここから何を導き出すか。市の担当者や、協力して調査を進めてきた福島県立医科大学の放射線科医師である宮崎真さんらと、何度も議論をしました。データをどのように整理することが、住民や行政にとって意義があるかを考えたのです。
最終的な結論はこうです。
「1時間あたり0.23マイクロシーベルト(0.23μSv/h)の空間線量がある地域で生活しても、年間の追加被曝線量は1ミリシーベルト(1mSv)に達しないことを示す」
ところが実際は、追加被曝線量はずっと低いのです。仮に0.23μSv/hの場所で生活したとしても、年間で1mSvには達しないことが、実測データによって裏付けられました。おおむね、政府が示してきた値よりも4分の1程度まで低いことが分かったのです。第1論文には、このことをまとめました。
――なぜ実際の被曝線量は低かったのでしょうか
実は、政府が示してきた「毎時0.23μSvの空間線量=1年間の被曝線量で1mSv」という換算方法が実態とかなり違うことは、地元の行政関係者には以前から知られていました。伊達市もホームページで早くから示しています。ガラスバッジの製造元である千代田テクノル(本社・東京)にデータ解析を委託して、実情を知っていたからです。
私自身も、別方面から実感を得ていました。福島市にあるテレビ局の社員約30人が、事故直後から翌年4月までの1年間、ガラスバッジを持ち続けていたのです。当時、福島市にあった代表的なモニタリングポストから得られた空間線量の計測値から推計すると、テレビ局員の積算線量は9mSvくらいになるはずでしたが、実際は1mSvにも達していませんでした。
だから「毎時0.23μSvは、年間で1mSvではない」「実際の積算線量は、かなり低い」ということは、体験的には分かっていたんです。
しかし、その理由がなぜかについては
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