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科学的事実を隠蔽するトランプ大統領

不都合な研究成果の封じ込めをねらう政権 戦いはこれからだ

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

 トランプ大統領が就任1週間後の1月27日に出した入国制限には、科学界からも強い反対意見が出されている。1月31日の国際科学会議(ICSU)の声明に続き、日本の学術会議も会長談話を2月16日に出した。というのも、科学者の移動の自由にケチをつける政策は、科学の正常な発展を妨げるものだからだ。そもそも現代科学は一国だけで行なわれるものでなく、だからこそ、冷戦終結以来、世界規模の自由な科学交流が進んできた。

 英国のEU離脱ですら科学者の自由な移動への制限の可能性が懸念されたのだ。科学の一番の先進国である米国が、特定の国々の国籍を持つという理由だけで、科学者を仲間はずれにする極端な差別的排除は、確かに大問題だ。放っておいたら世界に悪い前例を作りかねない。

 さて、この入国規制のニュースの陰で、トランプ大統領は、はるかに科学と敵対する指令を出していた。就任直後(1月20日か21日)、政府系の研究機関に対し、「科学成果をメディアや政治家、場合によっては国民に伝えるな」と指示していたのだ。

ツイッターも禁じ、研究費も凍結

 ホワイトハウスがこの通達の事実を認めたことで、1月24日に米国の多くのマスコミが報道した。ワシントンポストは「連邦政府がコミュニケーションの制限を命じた」と題した記事を掲載してる。複数の記事によれば、科学政策が絡むようなプレスリリースについては国務省による承認を必要とし、ツイッター等で科学成果を語ることは原則禁止するという。その本当のターゲットは、「政権に都合の悪い」科学的事実で間違いないだろう。

トランプ大統領の指示を報じるワシントンポスト紙
 この通達は多くの研究機関に出されたものの、とりわけ狙い撃ちされたのが環境保護局(EPA)だ。現在進行中の研究・事業に対する40億ドルもの予算までも即時凍結された。研究費の大半が研究者の給料であることを考えると、米国の労働法をも踏みにじるとんでもない暴挙である。

 EPAは地球温暖化問題に関する数多くの研究を実践しており、トランプ大統領にとっては邪魔な存在だ。とりわけ、トランプ大統領の支持母体の一つである石炭業界は研究に反発していた。だからこそ、研究予算を止めて恫喝をかけることで、研究成果がメディアや政治家に流れるのを抑え、国民の目から研究成果を隠そうとしたのだろう。トランプ大統領の就任に当たっては、環境科学を中心に科学会から懸念があったが(「環境問題でトランプ氏を説得するには?」「トランプ氏へのもう一つの懸念」を参照)、それが強引な形で実行されたのである。

政権交代だからで済まないレベルの介入

 米国では政権が変わるたびに、人事(トップのすげ替え)を通して政府系研究機関の研究対象が変わってきた。実際、トランプ大統領は、新しいEPA長官に、温暖化を非科学的に否定している石炭業界人のスコット・ブルイット氏を指名している。今回もそれだけで済ませれば、人選はともかくもまだマシだった。

米環境保護局(EPA)はスコット・プルイット長官が新ビジョンを示したと、写真付きでツイートした
 しかし、トランプ大統領の指令は、そういうレベルと一線を画している。科学という、世界に開かれるべき分野に対し、国民どころか国会議員への情報共有を封じることで、事実上の言論統制を行なっているのである。しかも対象はEPA以外に、多くの政府系研究機関に及んでいる。まるで公害企業が、公害を隠蔽して内部告発を排除するような発想だ。トランプ大統領が政治家である前に豪腕実業家であることを物語っている。

 そもそも、たとえEPAの所員の中に行き過ぎた発言があったかも知れなくとも、それを理由に広く言論の自由を抑えてはならない。しかも、米国では納税者から税金の成果を隠すのは間違いだという考えが強い。当然、研究者側も抵抗している。それでも、予算を押さえられた状態では、研究機関としては強く抵抗しにくい。となれば、これはもはや科学者全体の問題だ。

 実際、米国地球物理連合(AGU)は報道の2日後、各研究機関に対して、トランプ大統領による科学成果の公表制限を即時撤回するように要求した。さらに全会員に対して、状況報告と「声を上げてほしい」という要請のメールを会長名で出した。

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