メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

東芝の巨額損失で見えた「もう一つの原発神話」

日本の貴重な優良事業を犠牲にした「成長戦略」の罪は大きい

山内正敏

 東芝が稼ぎ頭の半導体部門を分社化して、その株式の過半を(公開でなく)売却することが決まった。原発事業で巨額の赤字を出して資金不足に陥り、大量の資金を得られるような事業が半導体部門しかなったための、苦肉の策だ。日本全体で見ても貿易黒字に貢献する貴重な優良部門だけに、外資に買われる可能性が取りざたされている今、もっと他に方法はなかったものかと残念に思う。もう少し時間に余裕があれば、分社化した半導体部門を将来の本体とする方法もあったかも知れないが、全てが後手に回った。

 多くの国民はこの売却を「日本の基幹産業の一つである半導体部門を、原発事業が食いつぶしている」と感じているのではないか? そして「どうして福島原発事故があったにもかかわらず、東芝は原発を成長産業だと誤解し続けたのか」と疑問をもつだろう。

拡大ウェスチングハウスが米国で建設中のボーグル原発。大幅な追加費用がかかり、東芝が巨額損失を計上した=昨年5月、畑中徹撮影

 この件に関しては経済・経営の観点から多くの解説記事が出ている。だが、福島原発事故にも関わらず、東芝が原発を成長産業と位置づけ続けたことに対して、今までにどれほどの疑問を投げかけただろうか? 確かに米国の原発事業に膨大な投資をした十年前には、「賭け」という表現で多くの疑念も出されていた。しかし、福島原発事故後の「原発で利益」という楽観論が結局は通ってしまっている。そういう雰囲気を作ったのは何か? 私の疑問はそこに尽きる。そうして思い当たるのが、「原発は10年単位の長期で見れば成長産業である」という「神話」だ。

事故で潮目は変わっても…

 東芝の経営陣のデタラメさは、決算発表と配当の見送りに至った2年前の粉飾決算でも露呈している。だから、そんな経営陣が原発事業に対して、福島原発事故前の「原発イケイケ」という雰囲気のままに甘い夢を見続けていたとしても、さもありなんと思えてしまう(もっとも、そのイケイケ路線も出自をたどれば「地球温暖化対策」という美名のもとで故意に作られた風潮だったことは、「省エネや原発ばかりにとらわれるな」で述べたとおりだ)。

 一方で、原発事故は世界の動きを変えた。「減原発」「さらなる省エネ」「厳しい安全審査」という新しい流れを生みだした。欧米の対応をきちんと調べれば、長期にわたる世界的な原発事業の停滞と、安全管理費用の大幅な拡大は、十分に予測されたはずだ。

拡大会見に臨む東芝の綱川智社長(奥右)と成毛康雄副社長=1月27日、越田省吾撮影

 にもかかわらず「原発を基幹事業とする」という事業方針を持ちつづけた東芝の経営陣に対して、経済専門家からはそれほど厳しい批判は起こっていない。それこそ、一般国民の感覚からすれば「えっ、話がおかしくない?」と感じるところだが、専門家なる人たちは難しい理屈を並べるようにして、東芝の言い分を事実上認めているのだ。そこに、私は「原発神話」の業の深さを感じるのである。

 そういう意味では、今回の東芝の失態は、原発神話の怖さを改めて思い起こさせる反面教師として非常に意義がある。日本の優良企業をどん底に落とすぐらいのことが起こらないと、神話の崩壊は起こりにくいだろうからだ。個人的には東芝が半導体を犠牲にして原発を選ぶなら、そんな本末転倒な会社は倒産しても構わないと思っている。

「もうかる」の神話の恐ろしさ

 原発神話と一口にいっても、その中身は多様だ。一番有名なのが「安全神話」であり、それに付随して「安価神話」がある。この二つについては多くの方々が色々な視点で語っている。しかし、これらの神話の陰で「原発建設はもうかる」というもう一つの神話が存在し、それこそがいまも原発事業を進めている原動力であることは看過されているのではあるまいか。 ・・・続きを読む
(残り:約1461文字/本文:約2937文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

山内正敏

山内正敏(やまうち・まさとし) 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

スウェーデン国立スペース物理研究所研究員。1983年京都大学理学部卒、アラスカ大学地球物理研究所に留学、博士号取得。地球や惑星のプラズマ・電磁気現象(測定と解析)が専門。2001年にギランバレー症候群を発病し1年間入院。03年から仕事に復帰、現在もリハビリを続けながら9割程度の勤務をこなしている。キルナ市在住。

山内正敏の新着記事

もっと見る