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韓国ES細胞研究不正の内部告発者の肉声を聞く

ファン・ウソク事件を生んだ韓国社会の状況は今も変わっていない

粥川準二

 2005年秋に韓国と科学界を揺るがせた研究不正「ファン・ウソク事件」。

 ソウル大学の獣医学教授だったファン・ウソク(本稿ではすべての敬称を略す)らは、2004年と2005年、2本の論文でヒトクローン胚からES細胞(胚性幹細胞)の樹立に成功したと報告し、世界的に注目を集めた。ところが、それらの研究には多くの問題があることが発覚した。ファンの研究室にいた科学者による内部告発がきっかけだった。その内部告発者−−現在は江原(カンウォン)大学校で病理学の教授を務めるリュ・ヨンジュン−−が今年3月4日、「くすり勉強会」が都内で開いた講演会に講師として参加し、自分をモデルにした映画『提報者〜ES細胞捏造事件〜』(イム・スルレ監督)を解説しながら体験を語った。

拡大『提報者~ES細胞捏造事件~』 (c)2014 MEGABOX PLUSM & WATERMELON PICTURES CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED (DVD発売元:クロックワークス)
 『提報者』は韓国で2014年に公開されてヒットし、日本でも2015年に公開された。不正を暴いたMBC放送の調査報道番組「PD手帳」の制作者たちの奮闘と内部通報者の苦悩が描かれる。この映画の制作が進んでいた2013年12月、リュはネット上の掲示板「BRIC」に、自分を支持してくれた人々に対するお礼を実名で投稿した。2014年1月には『ネイチャー』がリュのインタビュー記事を掲載し、10月にはAP通信が記事を配信した。こうしてリュの実名が世に知られるようになった。

 この機会に事件の経過を振り返り、教訓を考えてみたい。リュによると、事件が起きて10年以上たっても「韓国は何も変わっていない」そうだ。

真実か、それとも国益か?

 患者の体細胞の核を、核を取り除いた卵子(除核卵)に移植(核移植)してつくった「クローン胚」から「クローンES細胞」をつくり、さらにそれから目的の細胞をつくれば、患者に移植しても拒絶反応の少ない細胞や組織ができる。多くの幹細胞研究者がそう考え、その実現を目指していた2004年、ファンらは世界で初めてヒトのクローン胚からES細胞をつくったと報告した。このときの成功率はきわめて低かった。しかし2005年には、実際の脊椎損傷や小児糖尿病などの患者の体細胞を使ってクローンES細胞の作製に成功したと報告した。しかもそれなりに高い効率でクローンES細胞ができたとされた。

 リュは、問題となった論文2本のうち1本目の共著者である。この論文で報告されたクローンES細胞は「NT-1」と呼ばれていた。リュらがこの論文をまとめていたとき、複数の実験データが、NT-1は単為発生(卵子が受精なしで発生する現象)によってできた胚に由来するES細胞であることを示していた。ところが、当時ファンの右腕と呼ばれていた研究者がそのデータを書き換えてしまったという。

 リュはその後、ファンの研究室を去り、病院に勤めた。彼の妻は、ファンに協力する研究室に勤めていた。

 2本目の論文が発表されたとき、リュはその内容に疑いを持った。そしてファンらが脊椎損傷の10歳の少年を対象にして臨床試験を行う準備をしていると聞き、臨床試験は時期尚早で危険だと考え、怒りを覚えた。

拡大内部告発の体験を語るリュ・ヨンジュン氏(右)。左は通訳=3月4日、東京都内
 リュは悩み苦しんだ。内部告発を考えたが、妻は反対した。そもそも、大学も警察も政治家も信用できなかった。当時、韓国ではファンを疑う者など誰もいなかったのだ。しかし2005年5月、彼は勤め先の病院で、韓国の報道番組「PD手帳」をテレビで見ていたとき、出演していたPD(プロデューサー)なら信頼できるかもしれないと考え、6月1日、同番組のウェブサイトを通じて自分の懸念をメールした。

 数日後、勤め先の病院にやってきたのは、 ・・・続きを読む
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筆者

粥川準二

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) サイエンスライター

1969年生まれ、愛知県出身。国士舘大学、明治学院大学、日本大学非常勤講師。「ジャーナリスト」や「社会学者」と呼ばれることも。著書『バイオ化する社会』(青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。

 

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