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南海トラフ地震の発生確率は水増し?

地震予測の不確実性を考える

瀬川茂子 朝日新聞記者(科学医療部)

 人と防災未来センター(神戸市)が、今春、日本で最大の想定津波高を外壁に表示したと聞き、見に行った。南海トラフ巨大地震が発生した際、高知県黒潮町で想定された最大の高さだ。34.4メートル。それはイメージしていたより、ずっと高かった。見る人をぞっとさせ、最大津波の圧倒的な威力を意識させる効果があると思った。

人と防災未来センター(神戸市)の外壁に掲げられた南海トラフ巨大津波の最大想定の高さ

 南海トラフは、静岡沖から四国沖に広がる海底の細長いくぼ地だ。フィリピン海プレートが陸のプレートの下に沈みこむ場所で、繰り返し大地震が発生してきた。過去に起こったことは未来も起こりうる。マグニチュード(M)8級以上の巨大地震はいずれ起こるだろう。政府の地震調査委員会によれば、今後30年にM8~9級の地震が発生する確率は2017年時点で70%程度だ。

 30年に70%という値は、地震の発生確率として極めて高い。地震学者の中には、「水増しした確率」という人もいる。地震調査委が他の地震で使っている方法で予測すると、ケタ違いに小さい値も出てくる。小さい数字は表に出さないのかと勘ぐりたくなるが、隠されているわけではない。東日本大震災を受けて2013年に地震調査委員会が見直した結果をまとめた「南海トラフの地震活動の長期評価(第二版)」には、3%という値も掲載されている。

 地震の発生確率を出す計算方法はいくつかあるが、調査委員会は地震によって使い分けている。3%をはじき出した計算法は、「固有地震説」をもとにしたものだ。これは、同規模の大地震が同じ間隔で繰り返すという説だ。実際の地震の繰り返し間隔は多少ばらつくので、平均の繰り返し間隔、繰り返し間隔のばらつき、最後に地震が起こった時期からの年数をもとに次の地震の確率を計算する。地震が起こってからの時間がたてばたつほど、発生確率は高くなる。

 南海トラフで発生した大地震は、古文書の記録などから684年の白鳳地震までさかのぼることができる。南海トラフの大地震とされたすべての地震記録を使うと、平均繰り返し期間は157年になる。ばらつきを考えて計算すると3%になるという。1946年の「昭和の南海地震」から2013年までの年数は、繰り返し間隔157年の半分にも達していないから確率は低くなる。古い時代の記録は、よくわからないところもあるので、はっきりしている最近の三つの地震を使って計算すると、平均間隔は119年となり確率が上がる。それでも、20%だった。

時間予測モデル 

 一方、70%という数字をはじき出した時に使われた仮説は、「タイムプレディクタブル(時間予測)モデル」。東京大の島崎邦彦名誉教授と広島大の中田高名誉教授が1980年に書いた論文に基づく。「地震と断層」(東京大学出版会)にこの説が誕生したいきさつが書かれている。その本によると、室戸岬の近くの室津港には、江戸時代の役人が潮位を測った記録が残っており、1707年の宝永地震の前と1759年の記録の比較から港口の水深の変化を計算し、1707年の地震によって土地が1.8メートル隆起したと推定できた。1853年の安政の地震では、1.2メートル隆起した。1946年の昭和の地震で測定された隆起量は1.15メートル。この測定量(隆起量)を縦軸に、横軸に時間をとると、階段状のグラフができる。階段はきれいな直線にのる。地震時の隆起量は断層のずれの大きさを示すと考えると、地震で断層がずれた量と次の地震までの時間が比例するという規則性があると考えられた。

室津港における地震の隆起量と発生間隔の関係

 地震のずれの量は地震規模と相関する。つまり、この説によると、小さい地震規模なら次の地震までの時間は短くなり、大きな地震なら長くなる。地下ではひずみが一定の割合で蓄積して、限界を超えると地震で解放されるが、解放された量が小さいと、次の限界に達するまでの時間が短くなると考えられた。このグラフから推定すると、昭和の地震から次の地震までの時間は

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