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WHO発表「加工肉に発がん性あり」をどう読むか

心配して食べない方が、ずっと健康に悪い

唐木英明 東京大学名誉教授、公益財団法人「食の安全・安心財団」理事長

 「WHOは2年前、ハムやソーセージなどの加工肉を1日50グラム食べると、結腸や直腸のがんになるリスクを18%高める、と発表しました。その後も、この情報は訂正されていませんか? 私たちは、どうすればよいのでしょうか?」

 四国在住の80代の男性読者からWEBRONZAにこのような質問があった。答えを先に書くと、がんを心配して肉を食べないことの方がずっと健康に悪影響があると考えられる。

WHOが発表した研究内容とは

 2015年10月、世界保健機関(WHO)の専門組織である国際がん研究機関(IARC)は、ハムやソーセージなどの加工肉を「発がん性がある物質」であるグループ1に分類した。また牛、豚、羊など哺乳類の肉も「おそらく発がん性がある」というグループ2に分類した。このニュースは世界の人たち、特に畜産製品の消費が多い欧米の人たちにショックを与え、肉は控えた方がいいという気分が広がり、加工肉の売り上げが大きく落ちた国もあるという。

 この問題を考えるために、最初にIARCの分類を見てみよう。表に示すように、これまでに990種類の物質が「発がん性がある」から「発がん性がない」までの4段階に分類されている。大事な点は、分類の根拠が発がん性の有無についての「科学的根拠の強さ」であって、発がん性の「リスクの大きさ」ではないことだ。と言ってもわかりにくいので、解説をしよう。

国際がん研究機関(IARC)が公表した発がん性の有無についての分類

 グループ1にはアルコール飲料、たばこ、受動喫煙、塩漬けの魚、紫外線、大気汚染、アスベストなどが入っているが、これらに発がん性があることは科学的に十分に証明されている。しかし、それらの発がん性の強さは同じではない。それは、どのくらいの量を摂取あるいは被ばくするのかで変わり、さらに、どんな種類のがんが、どの程度増えるのかも違う。だから、同じグループ1に入っているというだけで「加工肉の発がん性は喫煙やアスベストと同じくらい強い」などと判断するのは間違っている。

 この点についてIARCは「加工肉を1日50グラム摂取すると、大腸がんのリスクが18%増加する」と試算している。といわれても、なかなか実感できない。そこでIARCはQ&Aを発表し、その中で次のように述べている。

 研究機関である世界疾病負担プロジェクト(World Burden of Disease Project)は、加工肉が原因で世界で年間3万4千人ががんで死亡していると推定している。哺乳類の肉ががんの原因になるのか明らかではないが、もしそうであれば世界で年間5万人が肉によるがんで死亡していることになる。その他の要因によるがん死亡者数の推定値は、喫煙が100万人、アルコール飲料が60万人、大気汚染が20万人である。

 これらの数字を単純に当てはめれば、酒を飲みたばこを吸う人なら、加工肉を食べてもがんで死ぬリスクは1%ほどしか増えないことになる。

日本の研究が示した発がんリスクでは

 日本では国立がん研究センターが中心になって「多目的コホートに基づくがん予防など健康の維持・増進に役立つエビデンスの構築に関する研究」、通称「多目的コホート研究(JPHC研究)」を行っている。その2011年の研究結果では、加工肉を食べることで男女どちらでも結腸・直腸がんのリスクは増えなかった。

リスクの意味をきちんと理解し、賢い選択をしよう

 ただし、加工肉の摂取量を詳しく調べると、男性において最も摂取量の多い群だけで、結腸がんリスクの上昇が見られた。肉と加工肉を合わせた肉類全体についてみると、1日に約100グラム以上の多量を摂取する男性の結腸がんリスクが高くなる可能性があった。

 また、1日に80グラム以上の多量の肉を摂取する女性では結腸がんのリスクが高くなる可能性があったが、男性では肉の摂取量と結腸がんの相関は見られなかった。このような結果から、専門家は日本人が一般的に食べる量であれば加工肉は明確なリスクにはならないと考えられる。

 この研究とIARCの報告を比較すると、加工肉を1日50グラム程度、ソーセージなら2、3本を食べるとがんのリスクが増えるというIARCの報告は、日本人には当てはまらないことになる。この違いが生じる理由は、

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