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科学記事が盛られるメカニズムとは

研究者とメディアが陥る「成果の意味づけ」という共犯関係

黒沢大陸 朝日新聞論説委員

 日本地球惑星科学連合大会。スターウォーズに出てきそうな名称だが、帝国との闘いを話し合う集まりではない。天文や地質、地震、火山など地球科学や惑星科学に関する学会や研究者の連合組織が毎年開いている研究成果を発表する大会だ。

 今年の大会の取材でプレスの受付を済ませると、「ハイライト論文」と書かれた資料を渡された。約5600件の発表のなかから話題性が高いものを紹介、「取材の参考にしていただければ幸いです」とある。

 ちょっと驚いた。20の発表についてタイトルや発表者、概要ばかりではなく、「学術的な意義・インパクト」「社会的な意義・インパクト」まで表にしてまとめられていた。以前から注目発表を示す資料はあったが、論文ごとの学術的意義、社会的意義まで整理されているのを見たのは初めてだった。

 本来、膨大な演題のなかからニュースになりそうな研究成果を探し出し、その内容や意味づけを取材するのが記者の仕事。ここまでサービスされると、逆に「この意義、ここまで言えるのかな」と考えてしまうのが習性だ。ともあれ、近年、研究機関や研究者たちの記者に対する対応が親切になっているのを実感する。これは、研究者を取り巻く環境の変化が大きく影響しているようだ。

研究資金の獲得に向けて

 私が研究者の取材を始めた1990年代初めより、資金獲得と研究者ポストが不安定になった。経済成長の鈍化や少子高齢化で、これまでのような国の発展が望めなくなり、科学技術に対する政策や社会からの視線が変わってきた。

ノーベル賞は最大級の科学イベントになっている
 この間の動きを追うと、1995年に政府は科学技術政策の枠組みを定め、科学技術創造立国を推進する「科学技術基本法」を制定した。1996年には、それを進める第1期科学技術基本計画ができ、科学技術への投資目標が定められ、その後、国が強力に後押しする分野も決められるようになった。今でもよく耳にする「選択と集中」という言葉がよく使われるようになった。国が経済成長のために役立つ分野の研究を選択して、集中的に予算を投入する。その分の予算が純増するわけではないから、選択されず、集中もされない分野が出てくる。

 一方、2004年には、国立大学が法人化され、大学を維持する予算が毎年1%ずつ削られていくことになった。研究予算が不足していくため、研究者は、競争的資金と呼ばれる文部科学省などの研究資金を支援する制度に頼ることになる。これに応募して、予算配分を認められなければならない。あるいは、国が始める大型のプロジェクト研究に加わって資金を得る、さらには民間から研究資金の調達が必要になる。

 こうした動きに平行して、1999年に大学設置基準が改正され、大学の自己評価や自己点検と結果の公表が義務づけられるなど、大学や研究機関、研究者個人の実績が常に評価されるようになった。

 つまり、研究資金の獲得、組織の維持、研究職に就いて、それを続けるには、大学も研究機関も研究者も社会に役に立っていることを積極的に示す必要が高まった。

同じ社内の記者同士も厳しく競い合う

 それを示す場であるメディアへの研究者側の対応もよくなった。いまや、大学や研究機関の広報窓口に取材を申し込むと、研究者が海外出張中であっても、「電話でもよければ」と連絡をとって、取材をお膳立てしてくれることも珍しくない。

 こうして取材した研究成果に関連するニュースを、どう記事に仕上げて報道し、多くの人に読んでもらうかが、記者や上司であるデスクたちの腕の見せどころになる。

 紙の新聞の場合、1面や社会面は目立ち、読者の閲読率が高いページだ。ネット時代になり、新聞社もネットで記事を載せ、そこで注目を集めれば多く人に読んでもらえるが、記者の習性として、やはり紙の新聞で目立つ扱いで記事を載せたい。まだまだ、1面に記事を載せる記者同士の競争は厳しい。それが社内や業界での評価にもかかわる。

 新聞に載る記事は、記者が取材して原稿を書き、所属する部のデスクに出す。デスクは、記者とやり取りをして原稿を完成させながら、各部から集まる記事をどの面でどのくらいの大きさで扱うかを決める編集部門のデスクに売り込む。記者とデスク、出稿部門と編集部門との間でニュース価値が議論され、掲載の可否、載せる面や記事の大きさが決まっていく。

大きく扱われる科学ニュースとは

 どの分野も同様だが、科学ニュースは、とても良い話やとても悪い話、しかもわかりやすいほど記事になりやすい。役に立つか災いを及ぼすかわからない事柄の発見、その分野の知識がなければ理解できない話題は、ニュースになりにくい。報じたい事柄がニュースになりやすい方向に意味づけできれば記事になり、その程度によって記事の大きさも変わる。

 例えば、「新しい遺伝子を発見」といった科学ニュース。何の意味づけもなければ記事にならない。だが、「ある病気の発病と密接に関係がある遺伝子」と位置づけられると、話は変わってくる。そこで、研究者が「発病の原因究明に役立つかも知れない」とコメントすれば、一般紙でも記事になる可能性が高まる。さらに「治療法の開発につながる可能性がある」「将来、新薬開発に役立つ」とのコメントが加われば、さらにニュース価値が高くなる。

科学記事の分類のイメージ
 科学ニュースを「良い」と「悪い」という軸、「わかりやすい」と「難解」という軸で分類してイメージ図を作ってみる(図)。

 例えば、「ノーベル賞受賞」や「巨大地震の発生」といったニュースは、わかりやすく、良い悪いははっきりしており、文句なく記事になる。「数学の難問解決」や「原発に欠陥」といったニュースは、難しそうだが、良い悪いが明確で、これも記事になる。このグラフの隅っこの方にあるほど記事になりやすくなる。

 両脇の四角で取り囲んだ部分が記事になるニュースになる枠内だとすると、中立的で記事になりそうにない「新しい遺伝子発見」のニュースも意味づけすることで枠に入る。

意味づけと分かりやすさで……

 もう一つ例を示すと、「外来生物の侵入」というニュース。外来生物が日本に入ってくるのは珍しくないので、これだけでは記事になりにくい。しかし、その生き物の写真や日本に入ってきた範囲を示す地図を添えればわかりやすくなり、「毒がある」「日本固有の生物を駆逐する恐れ」などがわかれば、どんどんグラフの隅に近づき、記事になりやすくなる。

「……に役立つと期待される」は本当か

 研究成果や発見に関するニュースの意味づけについては、当然、研究者は発表事項に加えるし、さらに取材の場で記者たちは別の位置づけはないか、もっと明確にならないか尋ねるし、研究者も実態とかけ離れないようにしつつ、できるだけ要望に答えようとする。その度合いは、研究者の性格によって、踏み込み具合は違う。大きく踏み込んだ場合、その一言が実は何年分かの研究に値するような内容かも知れない。大きなことを言う研究者、取材慣れした研究者が正味の成果以上に評価されることになりかねない。

 問題は、その成果が将来、社会に役立つかも知れない可能性の確からしさと影響度の大きさ、実現できるとしてもそれまでの期間の見通しが示されないことだ。

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