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70代の親のキーボードデビューを遠隔支援して

情報技術の発達速度のすさまじさに思うことなど

円城塔 作家

 たとえばこの文章は、ウェブ上に掲載されることを前提に、ワードプロセッサの設定を横書きにして書いているのだが、一行を何文字にすればよいのかは少し悩む。紙媒体ということならば見当がつくが、ウェブとなると表示する文字の大きさを変えられるから、あまり悩みすぎても意味はない。

 文章を書くときに一行あたりの文字数なんて関係あるのかと言われると、ある。自分の場合、一文や段落の長さが変わる。携帯端末で見る場合には、みじかい文章が歯切れよく並んでいる方が読みよい。

 理想をいえば、端末ごとに調整した文章を表示できるようになって欲しい。そのためには、大元となる文章をひとつ書いておき、場合に応じて細部を変更するような仕組みが必要である。いちいち手作業で対応するのは面倒くさい。

 そんなことができるようになるかというと、まあなるだろう。

 ところで、この仕事の依頼は封書できた。

 ここ数年めっきり封書を開けなくなってしまっているので、しばらく気がつかないでいたところ、今度は携帯電話に着信があった。ここ数年めっきり電話に出ることがなくなったので放っておくと、留守番電話にメッセージが残されていた。

 慌てて封書を探し出して細部を確認、仕事を受ける旨、電子メールで返信をした。

 今、この原稿を書くにあたって、そういえば何文字くらいを書く仕事だったのかが思い出せない。電子メールを確認したがでてこない。そう、封書の方に書かれていたのだ。もしかしてこの原稿の確認も、印刷した紙が送られてくるかもしれない。ネット上の仕事は、はじまりからおわりまで、ネット上で完結させてもよいのではないか、という気がする。

 かといって、ここで、電子化についての何かを嘆こうというのでもない。その手前の話が気になる。

拡大キーボード入力に慣れるまでは誰しも悪戦苦闘するものだが・・。

 たとえば、わたしの親は70代だが、長年、キーボードとは無縁にすごしてきた。もう少しで逃げ切りだったはずなのだが、ここ数年急速に存在感を増したのがいわゆるスマートフォンであり、タブレットである。数年前までは、友人たちの中で使える者は英雄だったが、この頃はみな、当たり前に利用するようになってきた。さてすると、文字を書くために便箋とボールペンを取り出すのではなく、キーボードを叩くことになる。

 自分がキーボードを触りだしたのは小学生の頃だったから、40年近く前の話になる。それでも当時のイライラは鮮明で、「@」や「"」を出せるようになるまでの苦労はよく覚えている。日本語入力で難儀し続けた記憶も蘇る。それを今、親の世代が体験しているわけで感慨深い。

 人間、一度できるようになってしまうと、それ以前のことは忘れてしまう。

 日常的にウェブに接している人は、パスワードを入力せよ、という要求がきても無意識的に対応できる。パスワード自体を忘れてしまって一騒ぎすることはあるかもしれない。

 ここで、キーボードに慣れない人は、まずそのパスワードを入力することができないわけだ。この頃はセキュリティ上、パスワードは長く、大文字小文字、英数字をまぜろと言われる。これを打ち込むハードルは高い。

 ついては、 ・・・続きを読む
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筆者

円城塔

円城塔(えんじょう・とう) 作家

1972年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。専攻は物理学。複雑系の研究者を経て作家に。2010年「烏有此譚(うゆうしたん)」で野間文芸新人賞、12年に「道化師の蝶(ちょう)」で芥川賞、伊藤計劃(けいかく)との共著『屍者(ししゃ)の帝国』で日本SF大賞特別賞、『文字渦』で川端康成文学賞。