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人材争奪戦で広がるエンジニアの自由な働き方

フリーランス技術者が形成しつつある「新しい上流階層」

伊藤隆太郎 朝日新聞記者(科学医療部)

 エンジニア求人が活況だ。リクルートキャリアによると、転職求人倍率は15カ月連続で前年同月を上回るなど、ここ数年で最高の「売り手市場」になっている。

 なかでも人気はIT系エンジニアだ。ウェブ技術者などの「インターネット専門職」は、7月の求人倍率が5.7倍で、28職種中で最高に。「組込・制御系ソフトウェア開発エンジニア」も4.6倍で3位、「システムエンジニア」も3.2倍で4位と、求人倍率ランキングの上位を独占している。転職市場は「優秀なITエンジニアの奪い合い」だ。

 追い風のなか、独立を決意するエンジニアも増えている。「フリー技術者への発注価格が上昇しており、『自由な働き方をしたい』という願いを後押ししている」と、転職支援会社のスタッフは話す。

 フリーランスを支える新しいサービスも、続々と生まれてきた。ITサービス会社のブランディングエンジニア(東京都渋谷区、河端保志社長)は、正社員時代の年金や社会保険を同等の条件で続けられる支援サービスを開始。動画コンサルティング会社のローカス(東京都渋谷区、瀧良太社長)も、フリーになったクリエーターが病気やけがを負ったときに見舞金を保障するサービスを始めている。

 さながら、かつての「組織に依存する個人」から、新しい「個人に依存する組織」への逆転現象のようだ。独立を決意したエンジニアやクリエーターに話を聞いた。

「会社にいては、技術が伸ばせない」

 都内のシステム会社に勤めていたA男さん(39)。大型コンピューターのプログラマーとして、通販サイトのシステム構築などに携わってきた。5月末で退社し、フリーになった。

 前の勤務先が7社目だった。「どの会社も小規模で、退職金もほとんど無いので、転職に抵抗感はなかったが……」。それでも、いざ独立となると迷った。1月からじっくりと準備した。

 郷里に戻って仕事をしたい。週5日勤務から解放されたい……。独立する理由はいくつかあったが、もっとも大きかったのは、自分の技術の将来性だ。「これまでC♯(シーシャープ)というプログラミング言語を使ってきたが、PHPに移行したかった」。ところが前の職場や転職先では、実現は難しかった。

独立するエンジニアに民間が社会保障

 高度な知識と経験が求められるC♯エンジニアは、いま引っぱりだこだ。しかしウェブ開発などに適したPHP言語も、急速に需要を延ばしている。「ところが転職先では、いきなりPHPを使わせてくれない」とA男さん。

拡大フリー技術者となったA男さん(左)の話を聞くコンサルタントの今中更さん
 このままでは、古いC#エンジニアとして使い捨てられてしまうのでは、と不安になった。「自分の技術を磨きなおすチャンスは、今しかない」。だがフリーの不安定な立場は心細い。そこでA男さんは、ブランディングエンジニアのコンサルタント今中更さん(24)に相談。正社員時代と同等の負担で年金や社会保険を続けられる同社のサービス「Midworks」(ミッドワークス)を利用して独立した。

 今中さんは言う。「いまの時代、フリーのほうが確実に高収入だ。組織に残ったままでは、仕事とのミスマッチにも苦しむ」。高い能力をもつA男さんに最適の仕事を紹介することで、ブランディングエンジニアにとっても収益源になる。

ケガや病気のフリーランスには見舞金

 一方、ローカスが提供するサービスは、クリエーター向けだ。不安なく創作に打ち込んでもらえるように、傷病時の見舞金を最大で500万円保障する「クリエイターズセーフティーネット」を提供する。

 一之瀬景子さん(28)は2年前にフリーになった。CGデザイナーとして出発し、ディレクター業務などにも仕事を広げてきた。いまはテレビCMや音楽イベントの映像づくりを手がけている。

 今年の2〜3月は、オーストラリアでたっぷりと休暇を取った。4月から猛然と働いている。昨年2〜3月にも1カ月間のオーストラリア休暇。仕事と私生活の区切りをつけやすくなった。「努力した分だけ、自分の成長になる」と、一之瀬さんはフリーの魅力を語る。

拡大一之瀬景子さん(左)と新美吉弘さん
 新美吉弘さん(29)もフリーの映像クリエーターだ。出版社の編集アシスタントなどを経て、独立した。大学は建築学科だったが、写真の仕事をしたくて進路を変え、やがて映像へと軸足が移った。

 もちろん、独立への不安はあったという。「金銭面の不安と、自分のクリエーティビティーの不安ですね」。まだしばらくは組織内で仕事を覚えようかと迷った。入社を誘ってくれた会社もあった。だが、「自分が一番イヤなのは、マンネリ化をすること」と断った。すべての責任を負わねばならないフリーの緊張感が、作品の質を高めている手応えがある。

欧米では独立するエンジニアが新階層を形成中

 欧米ではこうしたフリーの技術者やクリエーターが急増し、新しい階層を形成していると指摘されている。米国のジャーナリスト、デイビット・ブルックスは彼らを「新しい上流階級」と位置づけ、BOBOSと名づけた。「Bourgeois」(ブルジョア)+「Bohemian」(ボヘミアン)の造語だ。

 BOBOSは、古くて硬直化した組織内のサラリーマンではつくれない技術や作品を生み出す新集団だ。自由であることが、知識と創造の源泉となっている。

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筆者

伊藤隆太郎

伊藤隆太郎(いとう・りゅうたろう) 朝日新聞記者(科学医療部)

1964年、北九州市生まれ。1989年、朝日新聞社に入社。筑豊支局、西部社会部、AERA編集部などを経て、2016年から科学医療部。

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