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日本の生物学教科書はなぜ退屈なのか

「ヒトを教える」教育の導入が、魅力を高め、医療費削減にもつながる

松田良一 東京大学教養学部教授

 厚生労働省が2016年9月に発表した「平成27年度の医療費の動向」によると、日本の医療費の総額は41.5兆円。前年度に比べて約1.5兆円の増加となった。医療費は国家予算の4割以上を占めている。高価な医薬品や医療機器の増加がさらに追い打ちをかける。何とか医療費支出を抑制しないとこの国の予算はたいへんなことになる。本稿のポイントは教育の見直しによって社会の医療負担を減らそうということにある。

拡大オランダの生物教科書「Your biology」

 私は毎年、国際生物学オリンピックの日本チームの一員として参加する。60数か国で選抜された代表高校生(国当たり4名)が生物学の考え方や実験スキルを競う。生徒たちのほか、問題文を各国語に翻訳するため、教員も多数参加する。教員たちは自分たちが使っている高校生物の教科書を持ち込み、その内容比較も行う。日本の教科書はコンパクトで人気がある。

 その反面、アジアや欧米の教科書と比べ、「ヒトの生物学」が極めて乏しい。日本の高校生物教科書は理学系の研究者が執筆し、医学系は動員されない。そのためか、ヒトの遺伝病より大腸菌やハエの突然変異を説明に力点がおかれる。大腸菌のウイルス感染は述べても、ヒトの感染症に関する記述は少ない。

 高校生物の学習指導要領には病気の予防や治療という観点はない。「ヒトの生物学」が無い分、コンパクトな反面、他国の教科書より基礎生物学的内容が多い。将来、生物学系を専攻する人には良いだろうが、一般の生徒には魅力やメッセージ性は乏しい。

コンドームや避妊用ピルを丁寧に解説

 国際生物学オリンピックで知り合った友人から、オランダの学校で現在、13歳から14歳向けの教科書として使われている「Your Biology」(2017年、オランダMalmberg刊、写真は英語版)を手に入れた。その内容に驚く。露骨といえるほど、「ヒトの生物学」があふれているのだ。

拡大「Your biology」に掲載された心筋梗塞の解説
 食物に関する扱いも多い。地球規模の食糧危機、さらにサルモネラ菌の汚染による食中毒。細菌の増殖を防ぐ食品保存法。栄養成分の解説から栄養バランスの破たん、いわゆるメタボリック・シンドロームについて取り上げる。歯や歯茎を傷つけない歯磨きの仕方まである。血液の成分や機能、血圧、血液凝固について詳しく語る。心臓や血管の構造の解説から始まり、心血管系の障害の原因としての栄養過剰やアンバランス、運動不足との関係。アルコール中毒についての解説もある。

 極め付けは生殖に関する部分。月経の仕組み、射精から受精までの解説。妊娠のメカニズムや妊娠判定の様子。さらに避妊方法をきれいな図や写真を使って紹介している。男性用と女性用コンドームや避妊用ピル、女性器滞留型の避妊リングの解説。そのあと、性感染症に発症した時の男女生殖器官の様子を ・・・続きを読む
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筆者

松田良一

松田良一(まつだ・りょういち) 東京大学教養学部教授

1952年生まれ。帝京大学医学部衛生学教室教務職員として勤務しながら東京都立大学理学部(夜間部)を卒業。千葉大学大学院修士課程修了、東京都立大学大学院博士課程中退。理学博士(1982年)。東京都立大学助手、米国W. Alton Jones細胞科学センター主任研究員などを経て現職。共著・編著に『どうする「理数力」崩壊』『世界の科学教育』など。2012年、日本動物学会教育賞。国際生物学オリンピック日本委員会運営副委員長。

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