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廃炉は「水商売」、水を捨てる手順の確立を

退任する原子力規制委員会の委員長、田中俊一さんに聞く

田中俊一 原子力規制委員会委員長

 原子力規制委員会の田中俊一委員長が9月に退任する。東京電力福島第一原発事故の教訓を踏まえ、新たに規制当局として2012年9月に発足した規制委は、原子炉等の設計を審査するための新しい基準を作成し、2013年7月から運用を始めた。これまでに国内26基の原発が審査を申請し、関西電力の高浜1〜4号や九州電力の玄界3〜4号など、6原発12基が許可を受けた。そのうち高浜3〜4号など5基が再稼働している。
 任期を終える田中委員長にインタビューした。(聞き手:朝日新聞科学医療部 東山正宜、伊藤隆太郎)

――事故から6年半近くが経過しました。

 2015年秋に福島県双葉地域の全14市町村を回って首長と個別に会い、どんな課題を抱えているか、1時間半から2時間かけて話し合いました。その際に、「福島第一原発の状況は、住民の帰還を妨げる事故が新たに発生するリスクは考えなくてもよくなった」と説明しました。

——廃炉作業については、どのように見ていますか。

 当初、作業員は全面マスクに防護服をつけなければならず、トラブルや人身事故も起きました。そこで当時の東京電力の広瀬直己社長にお願いし、除染を進めて被曝線量を下げました。着替えや食事の施設もでき、環境は改善されました。

 しかし進展は遅いですね。さまざまな廃棄物を安全に長期保管せねばなりませんし、低レベル廃棄物の焼却施設なども必要なのに、進んでいません。

――たまり続けるトリチウム水を海へ放出することが、議論されています。

 ほかの様々な問題と比べれば小さな問題で、騒ぎ過ぎだと感じます。汚染水に含まれるトリチウムの量は、国際的に見ても放出することが許されるレベルです。

拡大トリチウムは水素の放射性同位体。原子炉内で生まれ、半減期は12.3年。紙1枚で止まる弱いベータ線(18keV)を出して、ヘリウムに変わる
 もちろん誠実に対応しなければなりませんし、漁業者が「風評被害を生む」と心配されるのは当然です。だから3年以上前から議論して、「これは仕方ない」と受け止めていただいたのに、きちんと前へ進める責任感と勇気が東京電力にないため、停滞しています。経済産業省にも委員会ができ、2年以上も議論しましたが、まともな答えは出ていません。トリチウムを分離できるわけがないのですから、放出以外に手立てはありません。

 先日も川村隆会長と小早川智明社長に対して、規制委員会の更田豊志委員が指摘しましたが、汚染水を排出する準備には2年かかります。川村会長は「タンクを作るスペースはあと2年分」と言いますから、いますぐ準備を始めなければ間に合いません。

拡大トリチウム水の総量を容器で示す田中俊一委員長=2017年8月24日、早坂元興撮影
 このビン1本が、福島第一原発にあるトリチウム水の総量です。わずか57ミリリットルです。80万トン近くあるタンクのなかに、この半分くらいがあり、残りは原子炉内などです。

 そもそも廃炉作業とは「水商売」なのです。汚染除去でも何でも、大量の水を使います。地下水の流入だけが汚染水源ではありません。廃炉作業を持続するには、水を捨てる方法や手順を確立しないとなりません。そんなことは、東京電力は分かっていると思っていたのですが……。責任感とか度胸や度量が足りないように思います。

――地下水の流入を防ぐ凍土壁の問題も、同じですね。

 凍土壁ができれば問題が片付くかのような報道がありましたが、規制委員会はまったく冷静でした。ほとんど役に立たないと見ていました。サブドレン(建屋周辺にある井戸)から水を汲み上げ、地下水位を制御すべきなのに、凍土壁を作ってしまい、電気代が年間に十数億円もかかるようになりました。だれが支払うのでしょうか。本来なら、そういう定常的な出費を避けつつ合理的に進めるべきなのに。

 たとえば「風評被害の代償に漁業者へ10億円を支払う」とするほうが、まだ解決に近づく気がします。もちろん漁業者がどうおっしゃるかは分かりませんが、そういう交渉を覚悟するのが東京電力の仕事のはずです。私に言わせれば、非常にちぐはぐです。

――全体の進捗状況としては、まだまだですね。

 もともと廃炉計画など、あってなきがごとしです。廃炉というと、あたかもハイテクで進むよう見られますが、実際はローテクなのです。余計なことは考えず、地道に進めるのが一番です。ところが外部の人がいろいろと意見を言い、そこに国が関与するし、東電には主体性がありませんから……。

 我々は、5年くらい先を見ながら優先的にやるべきことを示すために、半年に1度くらいロードマップを作っています。見直しながら、着実に5年ずつを積み重ねていくしかありません。しかし、このままでは「どうどう巡り」になる恐れがあります。そもそも、デブリ(溶け落ちた核燃料)の扱い方から分からないのです。生産的な考え方も主体性もありません。

――なぜ、そのような状態になっているのでしょうか。

 国がお金と口を出すからでしょう。一番の大株主ですからね。しかし旧経営陣には「それでも主体性をもって作業していく」という姿勢が見えました。ところが新経営陣は心配です。

 ――そこで先日、7項目の「基本的考え方」を東電に示しました。「主体的に廃炉に取り組み、やりきる覚悟と実績を示せ」としています。

拡大規制委員会が東京電力に求めた7項目
 要するに、普通に考えるならば、「事故を起こした事業者として、きちんと責任を持って問題に対処できないなら、ほかの原子炉を運転する資格もありませんよ」ということです。

――この文言は、高速増殖炉「もんじゅ」に廃炉を勧告したときと似ているように思いましたが。

 いいえ、もんじゅは意図していません。もんじゅは論外ですから。

――とはいえ、ナトリウム漏れにしても燃料交換機の落下にしても、もんじゅの事故が公衆に被害を与えたわけではありません。一方、福島第一原発事故は甚大な被害をもたらした。もんじゅは廃炉なのに、なぜ東電は柏崎刈羽原発の再稼働が検討されるのでしょうか。

 比較すべき問題ではないと思いますが。もんじゅには、もっと根深い問題がありました。ナトリウムで冷却する高速増殖炉は、そもそも固有の安全性に欠ける危険性があります。炉心が溶融する流路閉塞のような事故が起きれば、ミリ秒単位の一瞬で臨界事故になる危険性がある。とても人間の力では対処できません。ところが、そういう危険性を認識していたのか、信用できませんでした。

――ただ、一般の人の素朴な疑問は、「なぜ、もんじゅは動かせなくて、東電の原発は動かせるのか」ということでは。

 柏崎刈羽原発は、再稼働の申請がされたので審査をしている、ということです。東京電力そのものや原子力発電の是非を議論しているわけではありません。技術的な面などをさまざまに検討して判断します。

拡大田中委員長は「すべてをオープンにして、みなさんの前にさらけだしてきた」と語った=2017年8月24日、早坂元興撮影
 東電が抱えている第1の責任は、福島の責任です。東電は大き過ぎる失敗をしました。だからこそ、謙虚に向き合うべきです。廃炉の問題だけではありません。住民が帰還できない理由は、放射能だけではないのです。例えば、県立ふたば未来学園高校を卒業した生徒に就職できる先がなければ、若い人は福島へ戻らないでしょう。廃炉や除染だけでなく、福島の未来そのものに責任を負わないといけません。

――そもそも日本に原子力発電が必要なのでしょうか?

 それは、私が決めることではありません、ここが私の個人的な意見を言う場所でもないし、意見を言う立場でもありません。

――ただ、世論調査などを見ても、多くの人は「できれば原発から撤退して欲しい」と考えているでしょう。

 できれば、ね。それは私も同じです。できれば、原子力という潜在的なリスクや事故の可能性の大きなものは、使わないで済むのなら使わないほうがよい。なかには「そもそも電気なんていらない」という人もいるでしょう。しかし、それは個人の趣味の問題です。社会全体としては、そうはいきません。

――できれば使わずに済ませたいものを仕方なく使う、という点に規制委員会の存在意義を感じます。

 そうでしょうね。もし社会が「原子力を使わない」と決めるなら、規制委員会は不要です。しかし原子力を使うのなら、福島第一原発のような事故を二度と起こさせないために、きちんとした規制や基準にしていくのです。周辺住民が避難するような事故は、決して起こさせてはいけない。そのことを私は国会などで何度も話しています。

 「原発事故で避難をする方法があるのか」と議論されますが、「避難は必要ない」ということが基本です。すると「住民を被曝させるのか」と批判されますが、十分に低いレベルに被曝を押さえ込めるように、規制や基準を整備して運用しているのです。

――昨夏ごろから政治家側の雰囲気も変わり、「審査が遅い」と言わなくなってきたと感じますが。

 これだけの事故を起こした原発をきちんと規制していくわけですから、規制される側も古い組織文化や考え方を乗り越えていく時間が必要です。早いか遅いかは、我々の仕事と関係ありません。我々は最善を尽くして努力しますし、決してだらだらやる意図はありません。ご覧になっていても分かるでしょう。更田委員が担当している審査会合などは、とんでもない夜中までやっていて、「もういい加減にやめておけ」と言いたいほどです。

――規制委員会や委員長の5年間の成果や達成度をどう評価されますか。

 「規制の虜(とりこ)」という批判の言葉に象徴されるような状況からは、脱皮できてきたと思います。先ほど「政治家がうるさく言わなくなった」と指摘されたのも、たぶん諦めたからでしょう、言われても聞きませんからね。

【規制の虜】 規制をする側と、規制される側が逆転し、規制当局が事業者の「虜」になる状態を指す言葉。原発事故に関する「国会事故調査報告書」のなかで、事故の根本的な原因として指摘された。

 米国の原子力規制委員会(NRC)など、どこの国の規制機関でも同じですが、やはり政治的な圧力というものは常にあります。事業者からだけではなく、さまざまな圧力がある。独立性を保つのは非常に大変で、努力がいります。気概を持つこと、隙をつくらないこと、そして判断に科学的な客観性をもたせること。自分たち内部だけで議論するのでなく、すべてをオープンにして、みなさんの前にさらけだしてきました。

 公開の場できちんと議論できるスタッフを、立派だと思います。あれだけのカメラの中で、自分を名乗って意見を言えるような役所は、他にないでしょう。規制庁や規制委員会は大きく育ったと思います。

――委員長が就任時に話した「独立した透明性のある機関にする」という目標が、果たせたという総括ですか。

 ある程度はできました。ただ、大事なのは続けていくことで、骨が折れます。信頼性をどれだけ回復できたかは、自分では評価できませんが、ある程度は得られつつあるように思います。

 ただし、原子力そのものへの賛成・反対の議論が常にその先にありますけど。私たちは、規制の中身に即した具体的な適否について取り組んでいますが、原子力の是非という問題は所掌外だと申し上げています。

――見る人によっては、「規制委員会も、所詮は原子力ムラの一員ではないか」と言われそうですが。

 いや、私はもうさんざん「あなたは原子力ムラの一員だ」と言われ続けてきました。しかし、その「原子力ムラ」という言い方が、本当に正当な表現でしょうか。レッテル張りは日本人とマスコミの悪い癖かも知れませんね。

 もう少し成熟した大人の近代国家にならないといけないのでは。レッテルを貼って済む問題ではないでしょう。

――9月からは、何をされますか。

 辞めますよ。

――いやいや、もちろんですが、その後は。

 福島に戻ります。規制委員会に来る前から、伊達市や川俣町の除染アドバイザーなど、いろいろやってきました。今では除染は必要ないと思いますが、ここでいろいろな方たちとのお付き合いで学んだことをお伝えしながら、もう少し福島のために働きたい。できれば半分くらい、あちらに住もうと考えています。

 飯舘村に新しい家を探しています。来春には村内の小中学校が再開します。地元の子どもたちが、いずれは地域で働けるように、お手伝いをしていきたいと思います。


筆者

田中俊一

田中俊一(たなか・しゅんいち) 原子力規制委員会委員長

1945年、福島市生まれ。中学・高校時代を会津で過ごす。東北大原子核工学科を卒業後、日本原子力研究所に入所。日本原子力研究所副理事長、日本原子力学会会長、原子力委員長代理などを経て、2012年9月、新設された原子力規制委員会(略称:NRA)の初代委員長に就任した。