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日本の科学技術研究を復活させるために

研究者の「国際流動性」を高めよう

古井貞煕 豊田工業大学シカゴ校 (TTIC) 学長

 英国のTimes Higher Education (THE) が9月5日に発表した「世界大学ランキング」の結果に、衝撃が広がっている。東大46位、京大74位と、アジア1位も程遠い状況になっている。1年前に筆者が論じた状況(拙稿「日本の大学の世界ランクはなぜ落ちる一方なのか」)が、悪化の一途をたどっている。

 文部科学省は8月1日に、「科学技術・学術分野の国際展開について—我が国の国際競争力の向上に向けて—」を公表した。「科学技術・学術分野における国際的な展開に関するタスクフォース」の報告書である。トップ10%論文の国際シェアの低下や、日本の研究者の国際流動性不足などについての議論をまとめている。「我が国の科学研究が、この10年で失速し、科学エリートの地位が脅かされていると述べている。

国際共著論文数の変化に注目

 主要国におけるここ10年のトップ10%論文数について国際比較を行うと、中国からの論文数の急激な増加の他、欧米でも、EU各国の地理的近接性、国際共同研究を促進するEUのファンドなどを背景とし、米国を中心として、国際共著論文数を大幅に増加させている。一方、ネイチャー誌でも指摘されたように、我が国の論文数の伸びは停滞し、2003年~2013年の間に、国際的なシェアは5.7%から3.3%に、順位は4位から7位に低下し、日本の存在感は顕著に低下している。また、国際共著の論文数や割合も小さく、イギリス、ドイツの国際共著論文数は日本の約3倍、フランスは日本の約2倍で、日本の研究の国際化は、欧米先進国に後れをとっている。

拡大世界の科学的出版物と共著論文の状況(2003年、2015年)=科学技術・学術政策研究所作成
 上記タスクフォース報告書に参考資料として添付されている図「世界の科学的出版物と共著論文の状況(2003年、2015年)」を見ると、ほとんどすべての国で、丸の大きさで示されている科学論文数が増えており、特に、中国、インド、米国などの増加率が著しい。一方、日本の科学論文数は、少ししか増加していない。また、この図中の、国と国を結ぶ線の太さは、科学論文の各国間の共著関係の強さを示しているが、米国と、欧州諸国(ドイツ、イギリス、フランス)、カナダ、中国との間の線と、欧州各国間の線が、顕著に太くなっていることがわかる。韓国と米国との間の線も、韓国の論文数に比較して顕著に太くなっている。それに対して、日本と米国との共著論文数の増加は、少ない。

 このように、各国と米国の研究者との間の国際共著論文が、この10年余りで急速に増えているのに対し、日本の研究者の論文数の増加は少なく、国際共著論文の増加も少ない。

米国へと渡る中国の研究者たち

拡大世界の研究者の主な流動=文部科学省作成
 上記参考資料中の図「世界の研究者の主な流動」は、二国間で移動した研究者の数を示した図である。この図は我が国を中心に置いた世界地図なので分かりにくいが、米国を右側から左側に移して、欧州を中心とする図に変更して見てみると、世界の研究者の主な移動は、米国と欧州各国、欧州各国間、そして米国と中国の間で起きており、日本は図の右端(極東)で研究者の流動から外れていることが顕著にわかる。

 中国からは、かなり前から、膨大な数の学生や研究者が米国に渡って、博士の学位を取得したり、米国での研究の一翼を担ったりしている。その人たちの多くが、近年、高給で中国の大学や研究機関に迎え入れられ、中国での高等教育や研究活動を担っている。その人たちは、米国内の研究者との密接な人間関係を持っている。同様なことが、韓国と米国の間でも起き始めている。

拡大海外への研究者の派遣者数・海外からの研究者の受入れ者数(中長期)=文部科学省作成
 図「海外への研究者の派遣者数・海外からの研究者の受入れ者数(中長期)」は、過去約20年間の我が国における変化を示したものであるが、それを見ると、2000年から最近まで、日本への海外からの研究者の受入れ者数はほぼ横ばいで、海外への派遣者数は減少傾向にある。すなわち、我が国の研究者の国際流動性は、2000年頃をピークに停滞しており、欧米先進国に比べて低く、国際研究ネットワークから取り残されている。これが先端研究の最新動向に関する情報の遅れにつながり、我が国の相対的な地位の低下を招いている。

すぐに意見を交わせるベースこそ重要

 筆者が関係している人工知能(AI)を含め、近年の科学技術は、多くの分野で、複雑化と大規模化が著しく進み、一人の研究者でできることは少なくなっている。このため、多数の研究者が迅速に知恵を出し合い、アイディアや実験結果を迅速に交換できることが、進歩に貢献するための極めて重要なカギになっている。特にAI分野では、深層ニューラルネットワーク(DNN)の大規模化、複雑化により、大規模データを用いた実験結果の共有が重要になっている。

 3か月前にはこんなことをやっていたのかと思うほど、技術は日々進歩しており、良い研究成果が出れば、国際会議などで発表する前に、米国コーネル大学図書館が運営しているarXiv(アーカイブ)などのインターネット上のウェブサイトに投稿して、情報交換するのが普通になっている。国際会議で発表されるときには、技術はすでにその先に進んでしまっている。ウェブサイトで公開された情報を他の研究者が見て、研究内容を評価し、同時に公開されるソフトウェアや、公開されているデータベースを用いて、その方法を試してみることができる。もし疑問の点があれば、直接研究者に問い合わせたり、集まって議論をしたりする。

 その際にキーとなるのは、 ・・・続きを読む
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筆者

古井貞煕

古井貞煕(ふるい・さだおき) 豊田工業大学シカゴ校 (TTIC) 学長

 豊田工業大学シカゴ校(Toyota Technological Institute at Chicago=TTIC) 学長。1968年東京大学卒。工学博士。NTT研究所を経て、1997年より東京工業大学大学院計算工学専攻教授。2011年同名誉教授。2013年より現職。音声認識、話者認識、音声知覚、音声合成などの研究に従事。科学技術庁長官賞、文部科学大臣表彰、NHK放送文化賞、大川賞受賞、紫綬褒章受章、文化功労者。種々の学会から功績賞、業績賞、論文賞、Fellowなど受賞。国内外の学会の会長、学会誌の編集長などを歴任。

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