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「ヒト受精卵にゲノム編集」で何が起きたのか

「病気の原因遺伝子を修復」という主張に対し、「削除しただけ」という反論

粥川準二 サイエンスライター

 オレゴン健康大学の生物学者ショウクラット・ミタリポフら国際研究チームが、ヒトの受精卵でゲノム編集実験を行った結果を今年8月2日に科学誌『ネイチャー』電子版で発表した論文が議論を呼んでいる。「ゲノム編集で、変異のある遺伝子を正常な遺伝子に置き換えた」というミタリポフらの主張に対し、「染色体DNAを大きく削除しただけ」という反論が出たのだ。

「病気の原因遺伝子をゲノム編集で修復」

 ゲノム編集とは、生物の遺伝情報が書き込まれているDNAを、まるでワープロのように切り貼りする技術のことである。動物やヒトの場合、体細胞をゲノム編集してもその改変結果はその個体に限定されるが、受精卵や胚、精子、卵子をゲノム編集すれば、子孫にも伝わる。そのためヒトの受精卵などのゲノム編集に対しては、科学者たちは慎重な態度を取っている。

 ヒトの受精卵にゲノム編集を行ったことを報告する論文は今回が初めてではなく、2015年4月以来、4例目である。3例目まではすべて中国の研究者らによるものであった。『ネイチャー』のような有名誌で報告されたのは初めてである。

 ミタリポフらが対象にしたのは「MYBPC3」という遺伝子の変異で、「肥大性心筋症」という心疾患の原因となるものである。

 ゲノム編集で避けたいことの1つは「目的外(オフターゲット)効果」といって、編集しようとしていない部位のDNAを改変してしまうことである。もう1つは「モザイク」といって、ゲノムを編集された細胞と編集されていない細胞の両方が一個体の身体の中に存在してしまうことである。

 彼らはこの変異のある遺伝子を正常な遺伝子と置き換えるために、この変異遺伝子を持つ男性の精子を、健康な女性の卵子に顕微授精するとき、「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャス9)」と呼ばれるゲノム編集に必要なセットをいっしょに送り込んだ(図参照)。その結果、58個の胚のうち42個のゲノムを編集できたことがわかった。

拡大卵子のM期に精子と一緒にCRISPR/Cas9を送り込むことで修復(HDR)が起き、変異体(Mut)が残りにくくなった、とミタリポフらは主張する=論文から
 目的外変異は見つからなかった。そしてゲノムを編集できた胚42個のうち、モザイクが生じたのは1個だけであった。その頻度は、顕微授精の後にゲノム編集セットを送り込んだ場合よりもずっと低い。

 つまり ・・・続きを読む
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筆者

粥川準二

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) サイエンスライター

1969年生まれ、愛知県出身。国士舘大学、明治学院大学、日本大学非常勤講師。「ジャーナリスト」や「社会学者」と呼ばれることも。著書『バイオ化する社会』(青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。

 

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