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ディストピア映画の35年史

生命科学・生命倫理は「ブレードランナー後」にどう描かれてきたか

粥川準二 サイエンスライター

 前回の論考「『ブレードランナー』で生命や科学を語ろう」に多くの人から関心が寄せられ好評だったので、この機会に『ブレードランナー』から『ブレードランナー2049』に至る35年間のSF映画——“ブレードランナー・シンドローム”ともいえるディストピア映画たち——と生命科学・生命倫理について振り返ってみたい。

 映画『ブレードランナー』(1982年)は、フィリップ・K・ディックが1968年に書いた『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(早川書房)を原作としている。原作では、「賞金稼ぎ」のリック・デッカードが、地球に侵入した「アンドロイド(人間型ロボット)」を探して殺す。このアンドロイドがどのようにつくられているのかははっきりしないが、デッカードが飼っている「電気羊」とは異なり、「厳密には有機的アンドロイド」だと説明される。おそらく機械工学だけではなく、生命工学も駆使されているものをディックは想定したのだろう。

拡大人間が科学技術を統治するのか、科学技術が人間を統治するのか?
 ただし作品中にそうした説明はほとんどない。1962年には、オタマジャクシの腸の細胞からクローンカエルを誕生させることは成功していたので、ディックは意識していたかもしれない。微生物での遺伝子組み換え実験の成功が伝えられたのは1973年のことである。

 その映画版では、賞金稼ぎは「ブレードランナー」に、アンドロイドは「レプリカント」に変更されている。後者は脚本家のデヴィッド・ピープルズが生化学を専攻する娘から教えてもらった専門用語「複製(replication)」をヒントにしたものだという。細胞分裂のさいにDNAが倍になる過程のことだ。冒頭では、タイレル社が進めている「ロボットの進化」において、「遺伝子エンジニア」が「ネクサス6」を開発したことがはっきりと説明される。

 レプリカントがどのようにつくられているのかもはっきりしないのだが、『ブレードランナー』や『ブレードランナー2049』の台詞やビジュアルから想像すれば、おそらくは現在でいうゲノム編集やクローン、幹細胞、人工子宮、合成生物学などが高度に発達したものが組み合わされているのだろう。

『ガタカ』が示した遺伝子操作のリアル

 そして前回にも述べた通り、この映画は「人間と人間でないものと違いは何か?」と観客に問いかける。「倫理的な配慮の対象になるものとならないものとの違いは何か?」と言い換えることもできる。

拡大超格差社会というディストピアでは、バイオテクノロジーもまたそれに応じて展開する
 この問いは、現実社会で生命工学が発展するにつれて、リアルになってきた。1997年、世界初のクローン動物であるヒツジ「ドリー」が生まれると、クローン人間の誕生が世界中で懸念された。ただ、あまり知られていないが、クローン動物の研究目的は遺伝子を改変した動物をつくることであり、それによって医薬品や、人間に移植可能な臓器を持つ動物をつくることである。その実現は、近年のゲノム編集技術、とりわけ2012年に開発されたCRISPR/Cas9(クリスパー/キャス9)によって近づいている。

 同じことを人間で行えば、理論的には、遺伝子を改変した人間を誕生させることが可能になる。実際、2015年4月、中国の研究者らが世界で初めて人間の受精卵にゲノム編集を行ったと報告した。その後、同様の研究報告が中国や英米から相次いだが、今年9月には、第1例を報告した中国のグループがヒトの体細胞と卵子からつくった「クローン胚」に「塩基編集」と呼ばれる高度なゲノム編集を行ったことも報告された。

 ドリーの誕生が公表された1997年、『ガタカ』が公開された。遺伝子を改変されて生まれてくることが当たり前になり、遺伝子による差別もある未来社会で、自然に生まれてきた「不適正者」の青年が宇宙飛行士を目指し、その過程である事件が起こる、というSFサスペンスである。当時の遺伝子組み換え技術はきわめて効率が低かったのだが、リアルな思考実験のように観ることができた。20年後の現在、そのリアルさは、高効率でゲノムを編集できるCRISPR/Cas9の登場によって急激に高まっている。

『わたしを離さないで』の提起

 1998年には、人間の胚からさまざまな細胞になることのできる「ES細胞」をつくることが成功したと報告された。2004年と2005年には、人間のクローン胚からクローンES細胞をつくることができたと報告され、拒絶反応のない再生医療(細胞移植)が期待された。だが大きな研究不正があったことが発覚し、世界を落胆させた。

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 またES細胞もクローンES細胞も、それからつくることのできるものは細胞であって、臓器は難しいとされてきた。人間に移植できる臓器をつくるためには、結局のところ人間をつくるしかない、という不穏な考えが頭に浮かぶ者もいるだろう。2005年の『アイランド』と、2010年の『わたしを離さないで』では、臓器を摘出されて人生を終えることをあらかじめ運命づけられたクローンの若者たちが描かれる。2005年に後者の原作を書いたのは、先日ノーベル賞の受賞が決まったカズオ・イシグロである。

 『アイランド』では、 ・・・続きを読む
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筆者

粥川準二

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) サイエンスライター

1969年生まれ、愛知県出身。国士舘大学、明治学院大学、日本大学非常勤講師。「ジャーナリスト」や「社会学者」と呼ばれることも。著書『バイオ化する社会』(青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。

 

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