応用重視への方向転換は、日本の自然科学全体のレベル低下につながる
2018年02月27日
地球上の生物の中で人類のみが高度な文明を発展させ、世代を超えて継承できているのは、人類が言語を使いこなせるように進化したためである。言語を使えなければ、考えを整理することも、その結論を他人に伝えることもできない。最近の教育で重要視されている「思考力」は、言語能力の獲得の結果として自然と涵養されるものだ。
「宇宙は数学という言語で書かれている」と言ったのは近代科学の父、ガリレオ・ガリレイである。この言葉は、数学が自然科学の理解に必要不可欠な言語であることを象徴している。ガリレイの時代から数学も様々な方向に発展を遂げた。言語そのものと言うよりも修辞法に近い応用的な分野の研究も盛んになった。純粋な言語に相当する数学の分野は代数、幾何、解析などの古典的な理論である。高校の履修内容の用語を用いれば、関数やベクトル、微積分がこれにあたる。一方、近年になって高校で扱われるようになったデータの分析などは、応用的、つまり修辞法に近い分野ということになる。
改訂案が掲げる数学の第一の目標は「数学における基本的な概念や原理・法則を体系的に理解する」とともに、「事象を数学化したり、数学的に解釈したり、数学的に表現・処理したりする技能を身に付けるようにする」ことである。第二、第三の目標も掲げられているが、それらは第一の目標の後段部分の言い換えに過ぎない。
第一の目標の前段部分にある「数学における基本的な概念や原理・法則」が、宇宙を記述する言語に該当する。そして、それらを断片的な知識として覚えるだけではなく、体系的に理解することにより、第一の目標の後段部分の達成は非常にたやすくなる。つまり、第一の目標は、その前段部分が核であり、後段部分や第二、第三の目標はその結果として達成することができる。
ところが、改訂案の説明を読んでいくと、第一の目標の核となる部分はないがしろにして、むしろ,第二、第三の目標を高等学校の数学のメインの目標に据えているようだ。これは非常に大きな教育政策の方向転換である。これほど重大な変更なのに、社会的にはほとんど認識されていない。その理由の一つは、改訂の具体的な内容を精査しないと、変更のポイントがわからないことだろう。
例えば、ベクトルの扱いが数学Bから数学Cに移行している。現行の数学Bでは、数列、ベクトル、統計の中から選択して学習することになっており、多くの高校生は数列とベクトルを学んでいる。新課程でも数学Bは、理系・文系の区別なく多くの高校生が履修することになるだろう。
一方、数学Cは創設される科目であり、過去の経緯などから判断すれば、理系の大学に進学を志望する一部の高校生のみが履修することになる。そして、ベクトルは数学Bから数学Cへ移動されているということは、統計を実質的には必修化して、その代わりにベクトルはごく一部の高校生にしか学ばせないことを意味する。
これを日本語になぞって説明すれば、大半の高校生が平仮名しか学ばず漢字を知らないまま高校を卒業するようなものである。これでは体系的な理解は望むべくもなく、数学を応用して様々な分野を学ぶということも困難になってしまう。つまり、第一から第三のいずれの目標の達成も期待できない。
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