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「働き方改革」と、日米労働文化の差

自主的・自発的な選択に不慣れな「日本型メンタリティー」が背景に

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 「働き方改革」でかまびすしい。「裁量労働制」「高プロ」といったことばが飛び交ったと思ったら、裁量労働制の対象拡大部分は「削除する方針」(安倍首相)と掌を返した。「財界からは失望の声」だという(3月1日、毎日デジタル)。

 この間の経緯を見ると、問題の本筋からは脱線した瑣末な場所であげ足を取られ、結局挫折した感がある。筆者はもとよりこの問題の専門家ではない。だが米国の大学という、裁量労働者(ほぼ「高プロ」=高度プロフェッショナル制度の労働者)と、一般職の非裁量労働者とが混在する職場で、その実際を見てきた。

 裁量労働の適用職種を見ると、その第一に研究開発及び科学の研究職、とある(ウィキペディア)。ならば現場の実感で日米比較をしてみるのも意味があるだろう。脱線し続ける議論を本筋に戻す助けとなるかも知れない。

データ捏造疑惑と法案後退

裁量労働制では、出退勤の時間などを労働者の自分で判断する
 そもそも裁量労働制(英語ではほぼexemptionに該当)とは、仕事の中身や時間を労働者の裁量に委ねる必要がある職種について、時給ではなく年俸など決まった額で雇用する制度を指す。勤務時間などに自由が認められる反面、残業しても時間賃金が発生しない。これが今回の騒動でもひとつの焦点になった。

 今回政府は、「働き方改革」法案に裁量労働制の対象拡大、特に高い技能を持つ「高プロ」の職種への大幅な裁量の拡大を盛り込んだ。しかし国会で使いまわした労働時間比較のデータに捏造の疑惑が持ち上がり、とうとう法案全体の後退を余儀なくされた。

米国大学での現状

 筆者は米国の大学(カルテック)に20年勤めている。その経験から一番違和感を持つのは、日本では裁量労働が、労働者を無償で働かせる「ブラックな策動」と見られている点だ。というのも米国の大学で裁量労働というと、研究者を兼ねる教員、ポスドク(博士号取得後研究員)などと、 管理運営織などに限定される。当事者の感覚としてこれは「当然」であり、被害者意識なんてない。それどころか、裁量労働の方が「自由が大きく、待遇がいい」と受け止められているので、一般事務など非裁量労働者の間には裁量に乗り換えたい人が多い(反対に「残業しても手当てが付かないから」と嫌う人も少数いることはいるが)。

 境界線を誰がどう引くか、はもちろん米国でも問題になる。だが、コンピューター技術などの特殊技能と、仕事の(周囲からの)独立性などにより、前例に基づいてある程度自然に決まる。事務職でも多くの部下を抱え、意思決定が大きな比重を占める職種だと、裁量と認められやすい(連邦、及び州の法律で縛られているので、米国内の大学ならどこでも事情は似てくる)。

 米国でも最近、「裁量労働に分類されたため残業賃金が払われなかった」と訴えを起こすケースが相次いだ。カルテックとNASAが共同運営するジェット推進研究所(JPL)でも、そういう労働争議があった。そこで一般に「裁量労働」の適用には、より厳格・慎重になる傾向にある。法的には連邦政府が州政府よりも強い権限を持つが、たとえばカリフォリニア州政府は、より労働者を守る側に立っていると言われる。

日本企業での現状

 日本で基礎研究部門を持つ大企業の研究者に、実情を聞いて見た。ある大手企業の研究所では 「裁量労働制」を多くの社員に適用している。実態は、1日30分以上勤務すれば7時間半勤務したものとみなす「みなし労働」だ。一方ポスドクなど契約社員(非裁量)には「フレックスタイム制」が適用されている。コアタイム(10〜3時の4時間)は必ず勤務しなければならないが、それ以外には自分で勤務時間(計7.5時間/日)を選べる。数年前までは、ポスドクが7時間半以上働いても残業報酬は出なかった。今はルールが変わり残業報酬が出る。管理職も非裁量・フレックスタイム制だが、7時間半以上働いても残業報酬は出ず、その部分は裁量に近い。

日本では裁量労働制への反発が起きている
 別の会社では、フレックスタイム制が研究者=社員に適用され、7〜20時の間で社員が始業・終業を設定できる。数年前にフレックスタイム制からコアタイムが撤廃された。

 広く調べたわけではないが、おそらくこのあたりが基礎研究部門を持つ大企業の最大公約数だろう。共通するのは「裁量労働」「フレックスタイム」などが入り組んで運用されていることと、ここ数年で扱いが変わっていることだ。

脱線の連続?

 今回の経緯を見ると、労働時間データの捏造が問題になる前からこの問題はねじくれ、脱線の連続だったように見える。

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