放射能影響予測システムは「使えるか」「使えないか」ではなく「どう使うか」
2018年03月09日
東京電力福島第一原発事故から7年になる春を迎えた。事故直後、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)システムのデータが公開されなかったことが激しい議論を巻き起こしたのを覚えておられるだろうか。「公開すべきだ」という外部からの声に押されて政府は少しずつ発表したが、公開をめぐる対立は長く続き、結局、「情報を隠そうとした政府」というイメージが人々の心に残った。
この出来事を振り返り、国内外の専門家や実務担当者にヒアリングを重ね、SPEEDIの等身大の姿を明らかにした研究報告書がある。茨城県東海村の「地域社会と原子力に関する社会科学研究支援事業」として2人の若手社会学者が昨年まとめたものだ。東京電機大学工学部人間科学系列准教授の寿楽浩太さんと電力中央研究所社会経済研究所主任研究員の菅原慎悦さんによるこの研究は、ほかの社会的難問の解決策を考えるうえでも参考になると感じたので、概要を紹介したい。
SPEEDIとは、放射性物質が大気中をどのように広がるか、地理データとその時々の気象データを使って予測するシステムだ。原子炉内の状況をシミュレーションして放射性物質の放出量を予測するシステムが別にあり、SPEEDIはそこから情報を受け取ってそれがどのように広がっていくか予想図を描く。2000年に成立した原子力災害特別措置法で、原子力事故が起きたらSPEEDIを使って避難経路などを決めることと定められていた。何度も実施された原子力総合防災訓練では、事故が起きたら直ちにSPEEDIの計算結果が対策本部に届くようになっていた。
ところが、福島原発事故では電源がすべて喪失し、放出量予測システムが動かなかった。SPEEDIは放出量の情報なしに仮定の数字(たとえば毎時1ベクレルという単位量)を入れて計算するしかなかった。これでは避難経路などを考えるのに役に立たないと担当者は考え、総理大臣にも伝えず、公開もしなかった。
だが、たとえ不十分な計算結果ではあっても役立てることはできたのではないか。当時の私はそう思い、データを死蔵したことに憤りも覚えた。3月23日に原子力安全委員会が初めてSPEEDIの計算結果を発表したときは、そのトーンで記事を書いた。
2011年12月26日に中間報告を発表した政府の「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(畑村洋太郎委員長)も私と同じ見方だった。「仮に単位量放出予測の情報が提供されていれば、各地方自治体及び住民は、道路事情に精通した地元ならではの判断で、より適切な避難経路や避難方向を選ぶことができたであろう」と報告書には書いてある。
研究報告書によると、政府事故調のほか、SPEEDI開発者などの拡散予測専門家、一部の自治体関係者や住民、一部の自然科学・工学、社会科学研究者は「活用できたはず」と考え、国会事故調のほか原子力安全・防災専門家は「できなかった」とする否定論者だった。
さらに、今後の原子力防災でSPEEDIをどう扱うべきかについては、「福島では運用体制や活用方法がダメだっただけ。今後も活用すべき」(全国知事会や拡散予測専門家、一部の自治体関係者や住民)と、「大きな原発事故が起きたときにはそもそも使えないもの。活用はやめるべき」(原子力安全・防災専門家と原子力規制委員会)と意見が真っ二つに割れている。
原子力規制委員会は2016年3月16日に出した見解で、事故時の事前予測は「不可能である」と言い切り、予測システムの利用を「かえって避難行動を混乱させ、被ばくの危険性を増大させることとなる」と全否定している。一方で、原子力関係閣僚会議という政府のハイレベルの決定機関が「自治体は、・・大気中放射性物質の拡散計算を活用できる。国は、自治体の要請に応じて、専門的・技術的観点から支援する」と決めている。国民とすれば、「どうすりゃいいの?」と困惑するしかない。
そこで寿楽さんと菅原さんは、
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