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学校で教えてくれない「疫学」の大切さ

正しい健康情報を見分ける学問への理解を広めたい

玉腰暁子 北海道大学大学院医学研究院教授、日本疫学会理事

 「〇〇を食べるとコレステロール値が下がる!」「認知症になりにくい食事は△△だった!」……。巷には様々な健康情報があふれている。だが、その情報は本当に正しいだろうか。
 健康にかかわる問題を人の集団を対象に研究し、原因と結果の正しい関係を見つけて多くの人々の健康対策に役立てようとする学問を「疫学」という。しかし疫学について義務教育で学ぶ機会はほとんどなく、人々に理解されているとは言い難い。筆者は日本疫学会に所属し、学会のあり方を検討する委員会の責任者を務めている。疫学をめぐる危機感と、学会としての取り組みについて述べる。

ただ「コレステロール値が下がった」と言われても

 健康情報がテレビなどで取り上げられれば、しばらくの間、その商品を手に入れることが難しくなることもある。健康であることは、人々がその人らしく暮らしていくための重要な要素だから、「健康によい」と聞けば、試してみたいと思う人がいるのは当然だろう。特にそれが「食べるだけで実現できる」となれば、なおさらだ。企業もそれを期待して宣伝する。

拡大食品の効用を大きく宣伝するスーパーの売り場

 しかし、ここで立ち止まって考えてみよう。「コレステロール値が下がる!」というその情報は信用できるのだろうか?

 健康診断の結果表に掲載された血中コレステロール値の横に、高値を示す「*」や「H」の印がついた経験をお持ちの方もいると思う。なぜ、健診でコレステロール値を測定しているかというと、高ければ将来、心筋梗塞などのリスクが上がることが、これまでの研究で明らかになっているからである。ほら、やっぱり下げた方がいいじゃない、という話だが、コレステロール値を下げる真の目的は将来の心筋梗塞の予防であって、単に現時点でコレステロール値が下がりさえすればいいというわけではない。

 もしかすると、〇〇を食べ続けることで、コレステロール値が下がるだけでなく、知られていない悪い影響があるかもしれない。また、どの程度、下がるのだろう? ごくわずかの、医学的には意味のないような低下であっても、「下がった」ということだけを強調している可能性もある。

 また、発表の元になっている研究は、どのような方法で実施されたものだろう? どのくらいの期間、どれくらいの量、〇〇を食べた結果だろうか。体の小さな動物に〇〇を毎日、生後からずっと食べ続けさせた実験に基づいているとすると、はるかに体の大きな人では一体どれだけの量をいつまで食べ続ければよいのだろうか? そもそも、動物で観察された事象が人でも同様に起きるかどうかわからない。人で確認された結果の場合でも、それはあなたと同性、同世代の人の結果だろうか? 閉経後の女性ではホルモンの変化によってコレステロール値が高くなることが知られているが、そのような集団で得られた結果を若い男性と同じに扱うことは難しい。

本当の原因を見つけ出すのは大変だ

 疫学という学問が、こうした研究の困難さを乗り越え、正しく結論を導き出す方法を提示してくれる。

拡大健康管理に欠かせないのは、正しい情報理解だ
 食事の場合なら、何か食べるものを増やせば、普通は代わりに減らす食べ物が出てくる。〇〇を食べることではなく、コレステロール値を上げていた別の食べ物を減らした結果を見ているのではないだろうか? また、健康によさそうな食べ物を食べ始めると、人はあわせて別の健康行動(例えば、運動をするなど)をとることも多い。〇〇の効果を正しく評価するためには、食べてもらう食品以外の条件が同じになるように工夫した別の集団を設定し、しかもどちらを食べているかはわからないようにした上で比べることが必要である。 ・・・続きを読む
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筆者

玉腰暁子

玉腰暁子(たまこし・あきこ) 北海道大学大学院医学研究院教授、日本疫学会理事

名古屋大学医学部卒、名古屋大学大学院医学研究科満了。名古屋大学大学院医学系研究科准教授、国立長寿医療センター治験管理室長、愛知医科大学医学部(特任)教授を経て2012年4月より現職。