京大の「軍事研究しない」声明に対する小野寺防衛相反論に反論する
2018年04月18日
飽食の時代といわれて久しい。しかし我が国はつい70数年前、戦中戦後の食糧難にあえぎ、飢餓のどん底で苦しみ抜いた。街の富豪たちは、豪華な着物を風呂敷に包んで農家をまわり、頭を下げてやっと一握りの米を分けてもらったという。戦地では、鉄砲の弾にあたって死んだ兵士に加え、おびただしい数の人が、飢餓と疫病による無念の死を遂げた。飢餓状態に陥った人間は極限状態の地獄のなかで、ネズミやトカゲ、そしてたとえ「毒饅頭」でもむさぼり食ったにちがいない。そしてそこには、倫理観や正義感などが入り込む余地など、どこにもなかっただろう。
これらの悲劇は、もう過去のこと。つまり白黒写真の世界だと信じていた。ところが最近、新しいタイプの飢餓と毒饅頭が、学術の世界にじわり台頭している。防衛省管轄の防衛装備庁が打ち出した研究費だ。いわゆる「軍事研究費」と呼ばれる。3月31日の朝日新聞の記事によると、軍事研究費の扱いについて3月28日に京都大学が出した声明に対して、小野寺防衛相が反論したという。
記事の内容は以下のとおり。
大学の研究成果「防衛に活用を」
小野寺五典防衛相は30日の閣議後会見で、京都大が軍事研究をしない方針を表明したことについて「防衛技術にも応用可能な、先進的な民生技術を積極的に活用することが重要だ」と述べ、大学の研究成果の防衛分野での活用を進めるべきだとの考えを強調した。
京都大は28日付で「軍事研究に関する基本方針」と題した方針を公表。その中で「本学における研究活動は、社会の安寧と人類の幸福、平和へ貢献することを目的とするものであり、それらを脅かすことにつながる軍事研究は行わない」と明記した。
京都大の方針決定について、小野寺氏は安全保障環境が厳しい情勢に触れて「わが国の高い技術力は防衛力の基盤だ」と反論。「近年の技術革新の急速な進展は、防衛技術と民生技術のボーダーレス化をもたらしている」とも述べ、大学などの研究機関での民生技術を軍事技術に応用する重要性を強調した。
防衛省幹部からは「京大に追随するところが出るかもしれない」と影響を心配する声があがっている。
簡単に言うと、「この軍事研究費を(金がないとぼやいている)大学はもっと積極的に活用すべきだ、京大はけしからん」といっているのだ。とんでもない反論である。そもそも、「安全保障環境が厳しい情勢」といって、国民を不安に陥れようとしているところが、まるで先の大戦を彷彿させるではないか。
以下、この小野寺氏の発言からは読み取れない、こわい背景を説明しよう。
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