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コンパスで円を描くだけなのに

たとえ面倒でも、手を動かすことで得られる理解や新発見について

黒沢大陸 朝日新聞大阪本社科学医療部長

 小学生に出されるような宿題だった。

 「配った資料の一覧表にある数字を見て、適当に縮尺を決め、コンパスで紙に円を描いてきなさい」

 学生時代、理学部の授業でこんなリポートを宿題に出された。一覧表は、さまざまな元素のイオンの半径が書かれていた。専門課程の講義を受け始めたばかりで意気込んでいたころだったので、「えっ。こんな簡単な宿題? コンパスで紙に決まった大きさの円を描くなんて小学生みたいだ」。そりゃ、できがよくない学生かも知れないけど、先生、あんまりじゃないですかと、不満を感じながら始めた。

拡大こんなに違うイオンの大きさ
 ところが、一番大きい円を用紙にいっぱいに描いて、あとは適当に配置すれば簡単と思ったが、実際に描き始めると、多数の大きさの違う円をどう並べるか、バランスがとりにくく、何枚かやり直すことになった。翌週。学生たちは、それぞれに工夫をしたリポートを持ってきた。大きい用紙を使った学生、当時は個人で持つ人が少なかったパソコンを使って作図してきた学生もいた。

 教授は、机の上に出させたリポートを見て回りながら、ときどきコメントした。パソコンに書かせた学生には、「コンパスで描くように指示したはずだ」と注意していた。結局、このリポートは回収されなかった。それぞれのイオンについて他のイオンと比べた大きさの違いを、手書きで実感させるのが目的だったのだろう。

 確かに、半径が1.5倍、2倍、3倍の違いでも、数字でイメージする以上の大きさの違いがある、と作業をしながら感じた。元素からイメージする印象と違って、案外、大きいと思うものもあった。つまらない単純な作業でも、やってみると、いろいろ気づくことがある、と思い知らされた。

太陽と地球の距離を実感すると

 この授業は、太陽系や地球について化学的な手法で探求する「地球化学」という学問の基礎的な講義だった。火山についても学ぶ。イオン半径の話は、マグマの中で鉱物ができるときに元素がどのようなふるまいをするかの研究に関係しており、大きさの違いを認識することは研究を理解するうえで、大切な要素だった。

 リポートのことが印象深く記憶に残っているのは、簡単な作業にもかかわらず、手間取ったこと、予想外の納得感があったからだ。何かの大きさや距離、時間の長短をじっくり考えるとき、単に数字だけで納得するのではなく、大まかにでも図に書いてみたり、身近なものに対比したりすると、相場観を得やすいことも体で覚えさせられた。

 例えば、太陽系の惑星を示す絵。本やパソコンの画面で一覧できるようにすると、太陽と惑星の大きさと、太陽からの距離を同じ縮尺で表現するのは難しい。よく、見かけるのはこんな図だ。

拡大太陽系の星や惑星=NASA提供
 でも、それぞれの位置と大きさを同じ縮尺にすると、A4の紙なら、紙の端に太陽を小さい点でポチッと書いて、水星や金星、地球は見えない位の点で並べながら、海王星は紙の反対の端に点を書くことになってしまう。ここで、図を載せても極めて見えにくいので、身近なもので置き換えてみる。

 例えば、バレーボールを太陽に見立てて25mプールの端に置いたとしたら、地球はプールサイドの反対側に置いたビーズ。最も遠くにある惑星の海王星は、プールの遥か外側の700m離れたところに置いた大豆ぐらいのイメージだ。大きさの違いと、その距離の離れ方。こんなに離れていてよく太陽のまわりを回っているな、と感心してしまう。夏の炎天下の照りつける暑さと、冬に25mも離れたところにある焚き火が暖かく感じられないことを合わせて考え、太陽のエネルギーの大きさに思いを巡らすのも興味深い。 ・・・続きを読む
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筆者

黒沢大陸

黒沢大陸(くろさわ・たいりく) 朝日新聞大阪本社科学医療部長

証券系シンクタンクを経て、1991年に朝日新聞入社。社会部、科学部、名古屋報道センターで、災害や科学技術、選挙、JR、気象庁、内閣府などを担当。科学医療部やオピニオン編集部のデスク、編集委員(災害担当)などを経て、2018年から現職。著書に『「地震予知」の幻想』、編著に「災害大国・迫る危機 日本列島ハザードマップ」、共著に「政治家よ 不信を超える道はある」など。

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