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二人の女性が見た北朝鮮の二つの顔

脱北女性が語った壮絶な人生と元韓国人の女性監督が迫った北朝鮮の意外な日常

関根健次 ユナイテッドピープル株式会社 代表取締役社長、一般社団法人 国際平和映像祭 代表理事

 4月27日の南北首脳会談に続いて、6月12日にはシンガポールで史上初の米朝首脳会談が予定されるなど、朝鮮半島の非核化と朝鮮戦争の終結に期待が高まっている。

 くしくも6月30日に北朝鮮の日常を書いたドキュメンタリー『ワンダーランド北朝鮮』が劇場公開されることになったので、公開前に少しでも朝鮮半島の今を肌で感じたいと思い、板門店を目指した。電撃的な南北首脳会談が行われた韓国と北朝鮮の分断する象徴の場所だ。

 福岡からソウルまでのフライト時間はたったの1時間10分だった。東京へ行くよりも近いソウルへの機上、あと数十分も乗れば平壌につくほど近いにもかかわらず、心理的にどれほど遠いものかと考えた。

 ソウルに到着した日、残念な知らせがツアー会社から入った。5月29日以後、米朝首脳会談後まで当面の間、すべての板門店ツアーをキャンセルするという知らせだ。

 これは、板門店で南北がいつでも会談を行えるようにするための処置だろう。まさかのタイミングでのキャンセルだったが、すぐに脱北者の女性と非武装地帯(DMZ)に行くツアーに切り替え、参加することにした。

脱北女性が語った壮絶な人生

 ソウルからDMZを目指してツアーバスが北上する車中、早速、脱北女性に質問できる機会があった。家族が北朝鮮に暮らしているので、彼女の名前も顔も明らかにすることは出来ない。

韓国人女性ツアーガイド(中央)が脱北女性を紹介し質問を受け付けた。拡大韓国人女性ツアーガイド(中央)が脱北女性を紹介し質問を受け付けた。

 ハナ(仮名)は、2011年に家計を支えるため中国で働こうと北朝鮮から出国する。ブローカーを通じて中国に密入国して働く予定だったのだが、だまされて売り飛ばされてしまう。人身売買の被害にあったのだ。

 その後の2年間、外に出ることも出来ず、中国人男性の家で暮らすことを余儀なくされた。なんとか逃げ出し、中国からミャンマーなどを経由して、韓国政府が運営するタイの難民キャンプにたどり着き、2013年にソウルにやって来た。

 脱北する予定ではなかった彼女には、北朝鮮に家族がいる。父母はすでに他界したが、兄と娘がまだ住んでいる。もちろん会いたいが、北朝鮮に戻れば、強制収容所に入れられる。一生出てこられないだろう。「帰れない」と彼女は話した。

 娘は38歳で、一人息子がいたが亡くなったという。理由を聞くことはできなかった。娘と話せるのは1年に1度。お金がたまったら、中国のブローカーに依頼して、中国の携帯電話をひそかに北朝鮮内に持ち込んでもらうのだそうだ。

展望台から川の向こう岸の北朝鮮を眺める。拡大展望台から川の向こう岸の北朝鮮を眺める。

 北朝鮮では、どんな生活だったのか。テレビで見る北朝鮮の状況よりも、「もっとむごく貧しい」とのことだった。ハナは、20年以上続けた国語の教師ではとても食べていけず、毎日朝早くから、お酒やたばこを中国人に売る仕事をするようになったそうだ。楽しい時はなく、生き抜くことで精いっぱいだという。

 やさしげな、しかし同時に悲しげな表情で話す彼女の壮絶な人生は、韓国に存在するという3万人以上の脱北者の一人分の悲劇でしかない。他にどれほど多くの人が、悲劇的な人生を経験しているのかと想像するとずっしり重たい気持ちになる。

 「朝鮮統一に向けての和平の動きをどう思うか」と問われたハナは、「朝鮮半島が統一されたら、すぐに故郷に帰りたい」と話した。家族が分断され、切実に統一の日を待つ脱北者に出会うのは初めてのことだ。彼女の言葉は、深く心に刻まれた。

市井の人々を取材したドキュメンタリー

 「貧しく、物もなく、幸せの感じられる時間がなかった」とハナが語った北朝鮮での暮らし。物質的には豊かではないにしても、独裁国家という社会体制の中で、つつましやかに日々を生きる市井の北朝鮮の人々はいる。そのドキュメンタリー映画を完成させた韓国出身の女性が、『ワンダーランド北朝鮮』のチョ・スンヒョン監督だ。

写真右がチョ・スンヒョン監督 (c)Kundschafter Filmproduktion GmbH拡大写真右がチョ・スンヒョン監督 (c)Kundschafter Filmproduktion GmbH

 彼女は元々、北朝鮮のドキュメンタリー映画を作ることなど考えたこともなかった。小さい頃から北朝鮮の人々の顔は赤く、角が生えている鬼だと教わっていたし、そもそも韓国人は北朝鮮への入国が禁止されており、もし渡航して韓国に戻れば、投獄される可能性が高いからだ。

 しかし、ドイツのテレビ局から北朝鮮の人々についての映画制作の企画を提案され、制作を決意した。韓国籍を放棄し、 ・・・続きを読む
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筆者

関根健次

関根健次(せきね・けんじ) ユナイテッドピープル株式会社 代表取締役社長、一般社団法人 国際平和映像祭 代表理事

1976年生まれ。ベロイト大学卒。2002年にユナイテッドピープルを創業し、 09年から映画事業を開始。11年からは国際平和映像祭(UFPFF)も 開催している。2016年から1年、平和国家コスタリカに暮らした。

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