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消費者が欲しいものは、どうすれば見つかるか

ブルーオーシャンを探せ——次世代マーケティングの新潮流

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 人々の(時には隠された)欲望を探し出し、それに訴える商品を作る。これがマーケティング戦略の鉄則で、今さら言うまでもない。筆者もごく最近までそう堅く信じていた。だが今や、これに疑義を唱えたい衝動にかられている。そのきっかけとなったのは、サントリーが先鞭をつけた「透明な飲料」という新しい商品群と、「ブルー・オーシャン・シフト」というマーケティング研究の新潮流だった。

潜在マーケティングの登場

 ほんの20年ほど前まで、マーケティングで消費者の動向を知る方法は「消費者に直接聞いてみる」ことに限られていた。つまり消費者モニターに質問紙を配って「この商品デザインはどう?」「他社の競合商品と比べて、味や値段は?」「実際に店にあったら、買いますか?」などと訊く。その結果を商品化や販売戦略に役立てるわけだ。

 ところが次第に限界が露呈してきた。この方法では、実際の市場動向を反映せず、予測もできない。皆が「買う」と言っていたのに売れない。「どういう商品が欲しいか」と訊いても、具体的なはかばかしい答えが出ない、などなど。特に後者は(後でまたふれるが) 人間の想像力の限界を示すとも言える。

 そこで新たに出てきてこの10年ほどで定着したのが、潜在マーケティングだ。あからさまに質問しても、いろいろな文化的な規範や常識にしばられて、なかなか出てこない心の底の願望。あるいは想像力の限界の、そのすぐ先にあるホットスポット(=変数の理想的な組み合わせ)。これらをfMRI(脳画像イメージング)などの神経計測や、反応時間を測る潜在連合テスト (IAT)などを活用して探り出す。欧米でも日本でも、そうしたデータに基づく新商品が開発されたり、宣伝広告の指針になったりして、少しずつ成果を挙げている。

「競争のない新規市場」という理想郷

「ブルー・オーシャン・シフト」の著者の2人、W・チャン・キム氏とレネ・モボルニュ氏
公式サイトから
 この潜在マーケティングの考え方は、「ブルー・オーシャン・シフト」という最新のマーケティング思想とも相性がいい。同名の書籍(有賀裕子訳、ダイヤモンド社、2018)の著者で、ともにフランスのビジネススクール「INSEAD」の教授であるW・チャン・キム氏とレネ・モボルニュ氏によれば、市場はそもそもレッドオーシャンとブルーオーシャンに分かれる。

 レッドオーシャンとは「ライバルがひしめく既存市場」のことで、企業は差別化と低コスト化だけを目指して熾烈な競争を余儀なくされる。同じパイを奪い合うのだから、そこでの成功とはライバルの犠牲を意味するだろう。これに対してブルーオーシャンとは競争のない新規市場のことで、ここに進出して新規顧客を開拓できれば、全ての人のためのより大きなパイを創出できる。

ブルー・オーシャン・シフトの概念図

 つまりブルーオーシャン戦略家は、ひしめくライバルと競争して相手を蹴落そうとするのではなく、競争を無意味にしようとするという。図を見て欲しい。縦軸は顧客から見た価値の高さ、横軸はコストの低さを示す。赤線のカーブは、差別化と低価格化の間で競争している領域、つまりレッドオーシャンを意味する。これに対して、ブルー・オーシャン・シフトはそこを脱して、右上側への移行を企図する。

 ブルー・オーシャン・シフトを達成するには、次のような三つの基本手法がある。

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