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潮の満ち干の「不適切な説明」撲滅大作戦

公的機関よ、わかりやすい説明の普及に立ち上がれ

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

岩手県大船渡市の碁石海岸
 潮汐という難問に2年がかりで取り組んで(最初の記事が朝日新聞2017年2月5日付朝刊科学面、次が2018年7月2日付。ただし、この間ずっとこの問題に取り組んでいたわけではありません)、世間には不正確な、あるいは間違った、または不十分な説明が多いとつくづく思った。昨年の記事で、よくある説明の問題点を指摘したつもりだったが、気象庁のホームページ(HP)はいまだそのまま。海上保安庁の「潮汐(潮の満ち引き)がなぜ起こるの?」というページも、言葉遣いは易しいのだがわかりにくいことこの上ない。

 世の中の厚い壁を思い知らされる。無力感に包まれる。だが、諦めてはいけないと気を取り直し、潮の満ち干の「最善の説明法」を考えてみた。

 まず、この問題の説明がなぜわかりにくいかの原因究明から入ろう。私が思い至ったのは、「潮汐を起こす原因」と「潮汐現象を起こす原因」は「別」という点だ。これもわかりにくくてすみません。

 潮汐とは、字の中に「朝」と「夕」が入っていることからわかるように、1日2回、規則的に繰り返される海面の上下のことを指す。しかし、場所によって、あるいは時期によって、1日1回となることもあり、ないこともある。そういう複雑さを持つ実際の潮の動きが「潮汐現象」である。

 海を眺めていれば、「なぜこんな規則的な動きをするのか」という「規則性に対する疑問」とともに、「なぜ場所により、日により、違った動きをするのか」という「複雑さに対する疑問」を持つ。前者の疑問に答えるのが「潮汐を起こす原因」であり、後者の疑問に答えるのが「潮汐現象を起こす原因」なのである。

 そして、「潮の満ち干はなぜ起こる?」という定番の質問は、両者の疑問がないまぜになったものなのに、回答者は「潮汐を起こす原因」、すなわち「潮汐力の仕組み」だけを説明する。これが日本の現状である。ここを変革しなければならない!

 歴史的には、アリストテレスをはじめ多くの人々が潮汐と潮汐現象の原因について思いをめぐらせてきて、ついにニュートンが潮汐について正しい原因にたどり着いた。

 潮汐を起こす「潮汐力」の正体は、ニュートンが発見した万有引力、具体的には太陽と月の引力だった。万有引力の発見と潮汐力の発見は同時の出来事なのである。

 ニュートンは主著「プリンキピア」に「海の潮の満ち干は太陽や月の作用によって起こる」と書き、太陽と月によってそれぞれ海がどれぐらい持ち上げられるかを計算し、遠い太陽より月の影響力の方が大きいことを示した。両方の影響が同方向のとき大潮となり、互いに直角の位置にあるとき小潮となることも示した。

 一方、潮汐現象の方は何せ複雑で、19世紀以降に少しずつ解明が進んだものの、要因が多すぎてまだ完全には解明できていない。

 日本社会における説明の大半は、ニュートンが解明したことだけを取り扱っている。しかも、その説明がわかりにくい。たとえば気象庁HPの場合「潮汐が起こる主な原因は、月が地球に及ぼす引力と、地球が月と地球の共通の重心の周りを回転することで生じる遠心力を合わせた『起潮力』です」となっている。「起潮力」とは気象関係者が使う用語で、天文学者が言う「潮汐力」と同じものである。

 この説明の問題点は、「月と地球の共通の重心の周りを回転することで生じる遠心力」と聞いても普通はピンと来ないこと、むしろ自転で生じる遠心力のことだと誤解しがちなことである。

海上保安庁HPにある図

 海上保安庁HPになると、「結論から言いますと、引力があるからです」と簡略化されている。これだけだと、月の側の海だけが引っ張られるのではないかと想像してしまう。しかし、ここに掲載されている図は、月の側と反対側の海が盛り上がっている。なぜ反対側が盛り上がるのかの説明はない。

 では、どう説明すればいいのだろうか? 最初の一文は「潮汐を起こす力は、月の引力(重力)の大きさが地球の場所によって異なることから生じます」がいいのではないだろうか。そこにつける図は、

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