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「種子法」廃止で日本の米が消えるのか?

大切なのは、未来の農業をいかに魅力的で強い産業へと成長させるかである

唐木英明 東京大学名誉教授、公益財団法人「食の安全・安心財団」理事長

 種子法が2018年4月、廃止された。審議中には主要な新聞でほとんど話題にならなかったが、施行後に毎日新聞(2018年5月9日)と東京新聞(2018年7月15日)が批判的な解説記事を掲載した。

 両紙は、種子法の廃止によりこれまでは都道府県が行っていた稲・麦・大豆の品種改良と普及ができなくなり、農家は海外企業が開発した種子を買わざるを得なくなって米の価格が高騰し、遺伝子組換え作物の導入などが起こると警告している。もしこれが本当なら、なぜ多くのメディアがこの問題を報道しないのか? 毎日新聞と東京新聞が報じた疑問を中心に、Q&Aの形で考えてみる。

 Q.種子法とはどんな法律で、その社会的影響は?

棚田が広がる日本の風景。だが、耕作放棄地も増えている
 A.種子法は戦後の食糧不足解決のため1952年に制定された法律で、正確には主要農作物種子法という。稲・麦・大豆の優良な品種(奨励品種)を決定するための試験と、優良な品種として指定されたものの原種(種子)の生産などを、都道府県に義務付けていた。その結果、稲の生産は拡大して米不足は解消したが、やがて食生活が変化して米の消費が減り、1971年から生産調整が本格化した。

 こうした変化に伴い都道府県は、食糧増産から地元産の販売戦略へと、種子法の枠組みを切替えていった。その結果、スーパーの店頭にはササニシキ、あきたこまち、ゆめぴりか、つや姫など多くのブランド米が並ぶようになった。

 Q.種子法のどこが時代遅れになったのか?

 A.自民党のプロジェクトチームや政府の規制改革推進会議で議論された問題点には、次のようなものがあった。

  1. 種子法の枠組みが都道府県の販売戦略と結びついた結果、家庭用需要に合った画一的な品種改良が目指され、味がよくて高単価の「ブランド米」が全国各地に誕生した。ところが、そのうちわずか10銘柄で作付面積の8割を占め、他県で開発された米を奨励品種に設定している県も多い。なかには、ほとんどの開発品種が実際には生産されていない県もある。
    一般家庭では米の消費が減りつづけ、外食や中食が伸びている
  2. 米の需要は全体として低下傾向が続き、家庭用需要が大きく減少しているが、外食や中食などの業務用の需要は増えている。事業者の多くは安価な業務用米を必要としており、コシヒカリのようなブランド品種を使う事業者は少数である。国や民間企業は業務用に向く米も開発しているが、都道府県の奨励品種には指定されなかった。これは都道府県が高価格の家庭用米だけに目を向けていたためで、この需給のミスマッチを改善しない限り、一層の需要減につながりかねない。
  3. 都道府県は自分たちが開発した品種を奨励品種にする傾向が強く、民間企業が開発した優良な品種はほとんど採用されないため、民間企業は開発意欲がわかず、力を活用できない。

 Q.種子法を廃止してどのような仕組みを作ろうとしているのか?

 A.大きな目的は、農業の競争力を強めるために稲・麦・大豆の種子生産に民間企業の参入を促し、種子の供給体制を広げることである。そのために農業競争力強化支援法のなかに「国や都道府県が持つ知見を民間事業者に提供する」という趣旨が盛り込まれた。同時に、都道府県がこれまで通り種子を生産できるように、別の法律である「種苗法」を改正して予算措置を続けることにした。

 Q.種苗法とはなにか。

 A.廃止された種子法は、米・麦・大豆という主要作物の安定生産を目的としていた。これに対して種苗法は、種子についての一般法であり、花や農産物など幅広い植物の新品種を登録して権利を守るものである。国会は、種子法廃止が重大な影響を及ぼさないよう、種苗法に基づいて種子生産などの基準を決めることとし、種苗法の告示である「特定種苗の生産等に関する基準」に稲・麦・大豆の種子に関する基準を追加した。

 Q.都道府県は種子を開発できなくなるのか?

 A.「種子法が廃止されると都道府県で種子を開発する法律的根拠がなくなるので、米を安定供給できなくなる」などの報道があった。しかし、

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