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暮らしの格差はどこまで解消するか

賃上げと教育政策を検証する

木代泰之 経済・科学ジャーナリスト

大企業と中小企業の賃金格差は拡大している

参院本会議で話をする麻生太郎副総理兼財務相(左)と安倍晋三首相=2016年1月4日参院本会議で話をする麻生太郎副総理兼財務相(左)と安倍晋三首相=2016年1月4日

 政府の新年度予算案が発表され、私たちの生活がこれからどんな方向に向かうのか、およその形が見えてきた。本稿では、政府が力を入れている賃上げの実態と、子どもの教育格差の問題について考えてみたい。

 賃金は各企業が業績や雇用情勢に応じて決めるのが筋。しかし政府は、「政労使会議」を舞台に企業への圧力と介入を強めている。目標であるGDP600兆円の達成には、賃上げによる内需拡大というシナリオが不可欠だからだ。

 企業の現場では賃上げの実態はどうなっているのか、産業のすそ野が広い大手自動車メーカーの首脳A氏は次のように明かす。

 「正直なところ、賃金の産業内格差が拡大しています。つまりトヨタや日産のような大企業と、その下請けの1次~4次サプライヤー(部品供給者)、販売店などの間で賃金格差がどんどん広がっている。『政労使会議』でうるさく言われる上位企業は賃上げをするが、2次、3次以下の中小企業になると、とても上げられないのが現状です」

 サプライヤーは長年、元請け企業からコスト削減の要請を受け続け、リストラ、賃金カット、外国人労働者の雇用、正規社員から非正規社員への切り替えなどで生き延びてきた。

 A氏は「専ら労務費を下げるという方法でぎりぎりの経営を続けた結果、中小企業の7割は今でも法人税を払えず、銀行の融資を受けて何とか存続している状態。とても賃上げどころではありません」と、日本企業の99%を占める中小企業の立場を代弁する。

中小企業は上からの「しずく」を待っていてはダメ

 政府統計でも、企業規模の違いによる賃金格差は鮮明に出ている(グラフ1)。年齢別の賃金のピークは大中小企業とも50~55歳だが、大企業の50万円に対し、中企業は40万円、小企業は33万円と差がつく。

企業規模・年齢別賃金(男性)
単位:万円/月企業規模・年齢別賃金(男性) 単位:万円/月

 経団連も加盟各社に賃上げを要請しているが、加盟する大企業が賃上げをするほど中小企業との格差が広がるという構図になっている。アベノミクスでは「トリクルダウン理論」が強調された。すなわち「大企業が儲かれば、その恩恵が雫(しずく)となって自然と下に垂れていく」はずだったが、A氏の言うように、雫は2次3次サプライヤーあたりで止まっている。

 企業が全体的に賃上げに慎重なのは、以下のような景気認識を持っているからだ。
 ① 業績が良くなったのは円安や原油下落によるところが大きい
 ② 輸出数量は円安にもかかわらずさほど増えていない
 ③ 消費は年金や物価上昇などへの不安から勢いがない
 ④ 成長市場とされた中国など新興国・資源国の景気減速は当分続く

 こうした中でも賃上げに踏み切れる企業とは、上からの雫を待つのではなく、独自技術を製品化する、海外市場に活路を開く、IoT(注1)やビッグデータを活用した新しいビジネスモデルを開発するという経営革新を実行した企業である。

 IoTについては、ドイツの「インダストリー4.0」や米国の「インダストリアル・インターネット」が、政府の主導で効率化や新ビジネスを推進している。

 しかし、日本はこの分野で何を目指すのか、キャッチフレーズもなく政府予算案でもよく分からない。個々の企業に任せるというなら、すべての企業がIoTを簡単・安全に使えるようなインフラ整備をしっかり行うのが政府の仕事である。

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