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[4]呉越同舟の始まり

「監査意見の不表明」、追い詰められた東芝から提案

堀篭俊材 朝日新聞編集委員

東芝の決算発表の記者会見で、佐藤良二・監査委員会委員長(右)の説明を聞く東芝の綱川智社長=2017年4月11日夕方、東京都港区
 もし決算発表を再延期すれば、取引先に信用不安が広がり、資金繰りに行き詰まる――。いまから1年前の昨春、東芝社内では危機感が一段と高まっていた。

 昨年4月8日の土曜日。休日の午後にもかかわらず、東芝で決算書の作成を担当する主計部は、PwCあらた監査法人の会計士たちと向かい合っていた。2度にわたり延期した2016年4~12月期決算の発表があと3日に迫っていたが、「三度目の正直」といえるメドは、まだついていなかった。東芝の担当者が記した内部文書にはこうある。

 「◆PwCとMeeting 4/11にサインできない可能性を示唆し、不表明になる場合には過去に疑義がある旨も記載することになると説明してきた」

 米ウェスチングハウス(WH)による米建設工事会社CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)買収をめぐり巨額損失を抱えた問題で、東芝はもっと早く損失の発生を認識できたのではないか。PwCあらたは、自分たちが東芝を担当することになった2017年3月期決算よりも前に、東芝は損失を処理できた可能性がある、と疑っていた。もしそうなら、東芝はまた不正な会計処理を問われる可能性があり、巨額損失を見逃した責任は、前任の監査人だった新日本監査法人が負うことになる。

PwCあらたが告げた「究極の選択」

 翌日曜日の4月9日、東芝主計部とPwCあらたは再びミーティングを開いた。PwCあらたからは、代表執行役の木村浩一郎をはじめ6人が参加した。席上、東芝はこう告げられる。「このままでは11日の決算発表まで四半期レビュー報告書を出すのは難しい。①決算発表の再々延長申請②意見不表明③不発行の3つの選択肢がある」

 東芝には、どれも望ましくない「究極の選択」だっただろう。資金繰り破綻(はたん)の恐れもある決算発表の再々延長は元々のめない。同じように、四半期決算の監査報告書にあたるレビュー報告書の不発行も、取引先の不安を増幅させる可能性がある。残る選択肢である意見不表明は、企業が災害にあったり、倒産したりして、十分な証拠が手に入らない場合に監査法人が出す異例の見解だ。過去には粉飾決算事件を起こしたカネボウやライブドアなどで例があるが、どちらも上場廃止になっている。東芝はこのとき、不正会計問題で東京証券取引所の「特設注意市場銘柄」(特注銘柄)に指定され、上場維持の可否について審査を受けていた。意見不表明になれば、上場廃止に現実味が増すことは避けられない。

 東芝の関係者が当時を振り返る。「最初に四半期決算の発表を延期した2月14日のときは、直前まで監査意見をもらえると思っていた。ところが、PwCあらたから直前に『調査対象を広げろ』と言われて延期した。2度目の3月14日もギリギリの段階で調査対象の拡大を求められた。2度裏切られたので、『今度は絶対に監査意見をもらえる』と考えていた。ところが4月に入ると、9日ぐらいから、またPwCあらたはごちゃごちゃと言い出した。『もう耐えられない。不表明でいこう』という結論にせざるを得なくなった」

決算発表の前日、監査契約の解除の意向を伝える

 PwCあらたから3つの選択肢を告げられた9日、東芝は対応を協議している。この会合には、東芝の社外取締役で監査委員長の佐藤良二、それに主計部、法務部の担当者が顔をそろえた。その結論について、内部資料はこう記している。

 「意見不表明で決算を発表し、PwCあらたとは解約する方向で社内調整を進める」

 翌10日、東芝は朝7時半から社内会議を開き、最終的な方針を確認した。相前後して、佐藤はほかの社外取締役に連絡を入れている。そして、正午から始まったPwCあらたと主計部の打ち合わせの席上、東芝側からこう伝えた。「四半期決算は意見不表明にしてほしい」。3つの選択肢のなかでは最善と思える不表明を自ら言い出すしかなかった。四半期決算が不表明に終わっても、通年度の決算で意見をもらえればいい。振り返れば、この判断は問題の先送りに過ぎなかったが、当時の東芝にとっては追い詰められた末の選択だった。

 しかし、PwCあらたはこの席上、

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