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【ポスト・デジタル革命の才人たち】 松本弦人さんインタビュー:電子書籍サービス「BCCKS」(ブックス)で、何に挑戦しているんですか?(下)―― ひらかれた本

聞き手=服部桂(朝日新聞社ジャーナリスト学校シニア研究員)

――2010年3月にリリースした「天然文庫」(ブックス文庫、http://bunko.bccks.jp/)が「BCCKS」の助走になっていたと思うのですが、こちらは、100人のさまざまな分野の著者が100冊の文庫・新書をウェブのオンデマンドで出版するという企画です。岡田利規さん(劇作家)、川内倫子さん(写真家)、浅葉克己さん(アートディレクター)など著名人の著書もラインナップに加わっていて、モノクロ48ページの文庫1冊が525円(税込み)から作れるんですね。

松本 525円は製造定価です。それに著者印税がのります。天然文庫の場合は著者が200円、編集者が100円と決めています。値段はそれぞれ著者が決められるので、1000円のっけてがっつり儲けようが、0円で儲けなしであろうが自由です。

 天然文庫はBCCKSの仕組みを使って行われるレーベル的な活動ですね。編集者、文筆家、写真家、音楽家、演劇家、デザイナーなど、独特な著者に「売れなくても売れちゃってもかまいません、ほんとに作りたい本を1冊お願いいたします」と声をかけて、オイラはその出版の「お手伝い以上発行人未満」的なことをしてます。

 現在までに27冊の本が出版されています。内容は、文芸、ブログ本、写真集、画集、漫画、企画モノとメンツが多彩なだけにいろいろですね。BCCKSはビジュアル本に人気が高いんですが、意外というか、『スカトロジー・フルーツ』五所純子著 http://bccks.jp/bcck/100144/info『みさちゃんのこと』JOJO広重著 http://bccks.jp/bcck/39719/info『コンテンポラリー落語』長谷川踏太著 http://bccks.jp/bcck/100147/info、といった文字ものが、部数も評判もいいです。

 新しいプラットフォームをいろんな人に自由に使ってもらい、その可能性を見たいってとこから始まっているんですが、これまで続けてきて、なんというか、お手伝いさんとして、発行人として、いろいろ思うところはあります。

BCCKで作ったサンプル本

 出版の本質ってギャンブルじゃないですか。海の物とも山の物ともなコンテンツまたは著者に、時間、制作費、製造費、宣伝費、流通費、在庫管理費をかけて、その総額を上回る金額を売り上げれば勝ち、下回れば負けって、分かりやすいギャンブルです。

 その一連の、編集者や販売部や宣伝部の時間的コスト的悩みがBCCKSからは抜け落ちてるんですね。「BCCKSは出版社ではなく出版の仕組みを提供する会社です」って、うたい文句になりかけているこの言葉が示すさまざまなバランスと、ある意味中途半端な意識が、まずくせものです。

 そして「注文が入ったら印刷する」というオンデマンド出版の日和(ひよ)った構造に相まって、結果、出版のギャンブル的真剣味が抜け落ちる事になっているんだと思います。出版した本をいかに売るか、流通させるか、という、切実でリアルで重要な活動を、今は全く出来ておらず、それは、新しい何々につきものの新しい問題で、これからの大きな課題として位置づけています。

――BCCKSの命名には由来があるんですか。

松本 BOOKのオー(O)の右側をちょこっと開いてシー(C)にしました。「ひらかれた本」って意味ですね。命名は伊藤ガビン(編集者・ゲームデザイナー)です。オシャレですね。

◆何百年もの歴史がある本のフォーマット◆

――90年代、世の中みんながCD-ROMやマルチメディアのことを誤解している中で、唯一まっとうなアイロニーを感じたのが、松本さんの作品「ポップ・アップ・コンピューター」でした。シンプルな紙の質量というか物質感、存在感を活かしながらグラフィックにしていました。

松本 河出書房新社から昨年出版された『マクルーハン』に服部さんが寄稿した「うまく行っているものはもう時代遅れ」に書かれていましたが、「本や活字は車輪のように完成された発明だった」というマクルーハンの言葉がありますね。『美術手帳』元編集長の楠見清氏が、ポップ・アップ・コンピューターとBCCKSの関係性を「『四十二行聖書』(グーテンベルク聖書)の頃から本のその基本構造は変わっていない」と別の言い方で語ってくれたことがあります。これも結果論かもですが、2人が言う「本が持つ車輪のような強さ、15世紀から変わらぬ普遍性」を、インターフェイスデザインのコアに置いたのがポップ・アップ・コンピューターで、メディアの器のデザインとしてコアに置いたのがBCCKSです。

――誰も実験や試行錯誤をしたわけではなくて、歴史的にあの形になってしまったのですが、他の形の本もあってもよかったんじゃないかと思います。現在のようなコーデックス、いわゆる「冊子本」が主流になる前には色々な形の本があったはずなのに、結局、現在の形に収まりました。

松本 巻物がありますね。まあ実生活でお目にかかることはないですけど。日本ではいまだに1巻、2巻って数えるのがかわいいですね。

BCCKで作ったサンプル本の「のど」と背

――ホームページをスクロールするのも、長大な巻物をするすると巻いているイメージかもしれない。もちろん、進化論的にはガラパゴスというか多様な進化を遂げたものが、ある一つの系統に収斂される瞬間はあるでしょう。綴じた冊子本だって、大きいもの、小さいものといった大同小異のものと競合しながら今の形に落ち着いたわけですよね。でも、もっと使いやすいデザインがひょっとしたらあったのかもしれない。あるいは、誰かが試したけど失敗したのかもしれない。

松本 小さな失敗を積み重ねて今の形になったんでしょうね。

――本は、人間特有の「手でめくる」といった身体性を反映しているフォーマットだから、火星人や宇宙人には適さないでしょう。本は、何百年もかけて人間が手でめくって読むことに最適化した、成熟したいいフォーマットだけれど、それがベストかどうかは誰にも分からない。それに対して、デジタルなら、ページをいきなり飛ぶこともできるし、最初からずっと通しで読むこともできる。検索も自由自在。でも、それも、コンピューターの中で読む読み方が本当に人間の生理的なもの、身体的な都合に合っているかどうかは分からない。むしろ合っていないでしょうね。

松本 ページングは「電子書籍10大難問」のひとつですね。

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