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「水玉の女王」草間彌生の小説がもつ強烈なインパクト

赤坂英人 美術評論家、ライター

 光り輝く幻影が、無限に連続する鏡張りの部屋のなか、天井と床の両方から伸びた光る男根のようなソフト・スカルプチャーの群れ。その彫刻の表面には無数の「水玉」が描かれている。アーティスト本人が朗読する詩「落涙の居城に住みて」がスピーカーから聞こえ、鑑賞者は無数の「水玉」の彫刻に囲まれながら、万華鏡のようにイメージが乱反射する空間を彷徨(さまよ)うことになる。

 それが、日本の現代美術を代表する前衛アーティストとして、1960年代から世界的な活動を続けている草間彌生の新作インスタレーション『愛が呼んでいる』(2013年)である(現在、東京・森美術館で開催中の10周年記念展「LOVE展 アートにみる愛のかたち シャガールから草間彌生、初音ミクまで」で9月1日まで公開中)。

草間彌生

 最近のロンドンやパリ、ニューヨークでの巡回展も大好評だった草間だが、彼女が1980年代に発表し、絶版状態になっていた文学作品集が初めて文庫化されて、ファンの間でちょっとした話題となっている。1983年に『野生時代』新人賞を受賞した『クリストファー男娼窟』(角川文庫)だ。それは、近年の「水玉の女王」としての、彼女のポップな世界しか知らない世代にとってはまさに新しい発見だ。

 1929年に長野県に生まれた草間彌生は、少女時代から幻覚に悩まされながらも、10代から絵画制作を始めた。京都で日本画を学んだ後、彼女は1957年に単身渡米。ニューヨークを拠点に活動し、網目が無限に反復する絵画を描く一方、柔らかな突起が増殖するような彫刻作品を発表。また反戦運動など政治的メッセージを孕(はら)んだハプニングやパフォーマンス、ファッションショーなどを精力的に展開した。

 70年代に日本に帰国し、日本国内で作品を制作。その後、1993年のヴェネツィア・ビエンナーレに日本代表として参加するなど国際的に活躍。網目や水玉の絵画や彫刻、空間全体を覆うエンヴァイラメンタルな作品など、その前衛的な作品は国際的に高く評価されている。

 ちなみに、草間にとって「地球、月、太陽、人間など森羅万象のすべてのものは無数の水玉でできており、その水玉を反復・増殖させることは自己を消滅させ、宇宙の根源にたち返ることを意味する」(「LOVE展」カタログより)。

 こうした草間の美術作品は、彼女の文学作品のイメージともリンクし、そこには「自己消滅」をはじめ、いくつもの共通するテーマが感じられる。初めて文庫化された草間の文壇デビュー作である小説集『クリストファー男娼窟』には、表題作のほかに「離人カーテンの囚人」、「死臭アカシア」の2篇が収録されている。

 3篇のなかでも傑作といえる「クリストファー男娼窟」。それはニューヨークを舞台に

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