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新作短編『ムーム』とトンコハウスの魅力(中)

堤大介監督に聞く 「応援してくれるみなさんと一緒に長編を作りたい」

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

 トンコハウスの新作短編『MOOM/ムーム』が世界各国で賞賛されている。7月28日現在、『ムーム』は47の映画祭で13もの賞を受賞している。今後も更なる受賞に期待がかかる。

『ムーム』受賞一覧(2016年7月28日現在)
カナダ国際映画祭 ベストアニメーション賞/ナッシュビル映画祭 特別賞/SENE映画祭 ベスト短編アニメーション賞/トロントアニメーション&アート国際映画祭 特別賞/USA映画祭 審査員特別賞/ワールドフェス プラチナム賞/サンスクリーン映画祭 ベストアニメーション賞/メキシコ国際映画祭 ベストアニメーション賞/ポーリッシュ国際映画祭 ベストアニメーション賞/NYCピクチャースタート映画祭 審査員特別賞/24th Curtas Vila do Conde (ポルトガル)Curtinhas Competitionベストフィルム賞/Atlanta Short Fest (アメリカ・アトランタ)ベストアニメーション賞/Short Stop International Film Festival (イギリス・グラスゴウ)ベストアニメーション賞

 6月29日、アメリカのアカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは日本人10数名を含む683人の新たな会員候補を発表した。アニメーション制作者からは、『思い出のマーニー』(2014年)の米林宏昌監督、『かぐや姫の物語』(2013年)プロデューサーの西村義明氏、『頭山』(2002年)の山村浩二監督、そして『ダム・キーパー』(2014年)の堤大介監督の4名が招待された。

 特に監督としての経験が浅い堤氏の招待は注目に値する。ピクサーのアート・ディレクターとしてのキャリアの評価も含まれていたと思われるが、今後の堤氏の創作活動に対する期待を込めたものと考えるべきであろう。

 7月22日、堤、ロバート・コンドウ両監督立ち会いの下、カリフォルニア州バークレーのピクサー社内試写室で『ムーム』が上映された。立ち見まで出るほどの盛況の上、上映後は拍手喝采であったという。

 現在、トンコハウスほかの日米スタッフによって、長編版『ダム・キーパー』の準備が進められている。世界が待ち望む堤氏初の長編監督作品が公開される日もそう遠くはないはずだ。

 前回に引き続き、堤大介氏に『ムーム』の話題から今後の展望まで広範に伺った。

堤大介氏 フィルモグラフィー堤大介氏 フィルモグラフィー

日米にまたがった制作で積み上げた経験

――『MOOM/ムーム』のキャラクター造形について伺います。制作初期のボードではムームやルミンの目が小さく描かれていましたが、完成形ではかなり大きな目になりました。どのような意図で変更されたのでしょう。

堤大介 僕たちは『ダム・キーパー』のブタくんたちのような小さな眼のキャラクターが好きなので、当初は小さな眼でやろうと考えていました。原作者の川村元気さんの「大きな眼にして欲しい」という意向もありまして、再度デザインを検討しました。

初期デザインのカラースクリプト。宇宙服のケネディは丸い眼だが、りんごを持って泣いているルミンとムームの目はとても小さい 権利表示は前回同様初期デザインのカラースクリプト。宇宙服のケネディは丸い眼だが、りんごを持って泣いているルミンとムームの目はとても小さい (c) 2016G.Y/W/ MOOM FP
 僕らが“メモリー(思い出)”と呼んでいるキャラクターたち、ケネディ(宇宙服のキャラクター)などは眼だけで口がありませんので、眼の演技が重要です。小さな眼では難しいので、初めから大きな眼を描いていました。ムームやルミンだけが小さな眼では世界観のバランスが取れませんから、統一を意識しました。

 また、この作品では、ムームとルミンの感情の揺らぎをじっくり見せたいという思いがあり、より細やかな表情を描く必要がありました。その意味でも大きな眼にしたことは成功だったと思っています。

――確かに眼が大きいことで表現の幅が広がり、目線の送り方や瞬きなどで、微妙な感情が見事に伝わって来ると思いました。また、ムームとルミンには鼻がなく、顔の凹凸が少ない卵のような球面顔なので、眼の大きさが目立ち、可愛らしさが強調されているように思います。フォトリアル3D-CGであっても、日本で一般的な「巨眼に小さな口と鼻の平面的なキャラクター」に近い印象です。顔の骨格の凹凸と表情筋の収縮で激しい喜怒哀楽を描くことを前提とした、アメリカのアニメーションの一般的造形とはかなり方向性が違いますね。日本の観客にも受け入れられるのではと思いました。

 ありがとうございます。デザインに関してはそうかも知れませんね。アニメーションに関しては、とにかくチャレンジの連続でした。

バレエシューズの「思い出」キャラクター、ルミン。鼻がないことで平面的な顔に大きな眼が目立ち、可愛らしいバレエシューズの「思い出」キャラクター、ルミン。鼻がないことで平面的な顔に大きな眼が目立ち、可愛らしい (c) 2016G.Y/W/ MOOM FP

――日米にまたがった制作体制でしたが、日本のアニメーターたちとの意思疎通は円滑でしたか。

 日本のアニメーターの中に「アメリカのアニメーションはこうだろう」と予想して演技をつけて来る方がいたんですね。それは大袈裟な誇張にあふれた演技でした。僕らがピクサーで仕事をしていたことから、そこに配慮したつもりもあったのでしょう。

 しかし、アメリカのアニメーションにも繊細な演技は沢山ありますから、それは間違った前提です。そのスタッフには、「アメリカとの合作だからこういうスタイルで」という決めつけからスタートするのではなく、「このシーンにふさわしい演技はどういうものかを考えて下さい」と伝えました。

――ピクサーこそ、世界で最も繊細な演技を追究しているアニメーションスタジオですからね。誇張された3Dのデザインでもアニメートは実に緻密に設計されています。

 ええ、そうです。それから、日本のCG作品では、表情の変化に平面的で記号的な省略を差し込むということが普通に行われています。突然記号的な表情を差し込むというのは、日本では普通のスタイルなんですが、これが問題になりました。

――驚くと大きな眼が「・」になったり、カラスの足跡型になったりする、日本独特の漫画的表現ですね。

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