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小田光雄『郊外の果てへの旅/混住社会論』を読む

世界史の最終章としての郊外

菊地史彦 ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

郊外とは混住社会である

 小田光雄の『郊外の果てへの旅/混住社会論』(2017、論創社)は、「郊外」という社会的事象を、広大な関連分野に目を配りつつ、多様な作品群の解析を通して論じている。A5判776ページの大冊は、日本のみならず世界史的視野で「郊外」を眺めわたし、その背景と来歴、骨格と細部、さらに今日にいたる変容をあまねく捉えてみせた。圧倒的な論考である。今後「郊外」について何かを論じる者が、本書を迂回してすませることはできないだろう。

茨城県下妻市の下妻駅2014『下妻物語』の舞台となった茨城県の下妻駅=2014
 書名の前半、「郊外の果てへの旅」には複数の含みがある。

 第一は、上に述べたように「郊外」を論じ尽くしたいという著者の意志表明であり、第二は、「郊外」という後期資本主義に特有の人工空間が“果て”へ逢着してしまったという認識によっているのではないか。ルイ=フェルディナン・セリーヌの長編小説『夜の果てへの旅』の絶望と虚無は、著者の語り口にも共通している。

 書名の後半、「混住社会論」は、「郊外」を農村の先住民と都市の新住民が混住してつくり上げた地域と見る視点=方法を表している。「混住社会」は1970年代に始まり、80年代に独特の郊外文化を生み出し、90年代以後は外国人も招き入れた。多くの先進国同様、この国の都市の周辺にも、グローバル経済の基底部が形成されていったのである。

 本文は、序と152本のコンパクトな論考で構成されている。著者のブログ「出版・読書メモランダム」に2012年12月から16年9月にかけて連載された文章が元になっている。それぞれの論考は、小説、ノンフィクション、映画、マンガなどの作品から、近代史・現代史、都市論、社会論、政策論、文学論まで、あらゆるジャンルの素材や知見を咀嚼・敷衍しながら、ひとつひとつ入念な仮説とともに書かれている。

 そこには膝を打ちたくなるような発見もあり、虚を突かれるような洞察もある。

 例えば、嶽本野ばらの『下妻物語』(2002)について、ロリータファッションの桃子と時代遅れのヤンキー、イチコの出会いを“シュルレアリスム的な混住”と捉えたくだりがある。

 「消費社会と郊外はかつての『世間』に象徴される共通モラルを解体してしまったゆえに、自分自身の感覚に基づく『究極の個人主義』、及びそれに見合った自由なファッションによって生きることを可能にさせたのである」(p254)

 これは合点のいく指摘である。『下妻物語』が奇妙なファンタジーに覆われながら、“自由の感覚”とでもいうべきものがこぼれだしているのは、そこに新しい混住の可能性が現れているからなのだ。

 洞察ということでいえば、著者は佐貫利雄の『成長する都市 衰退する都市』(1983)に導かれて、アメリカの1950年代と日本の80年代の産業構造が重なり合うことに気づく。「それは第三次産業就業人口が50%を超える消費社会化を意味し、アメリカによる日本の占領とは、消費社会による農耕社会の征服だったことを告知していた」(本書p22)。

 なるほど。80年代後半の金まみれの時代には、敗北の長い影が落ちていたのか。であれば、村上龍の『テニスボーイの憂鬱』(1985)――「郊外」を巻き込むバブル経済を背景に据えた優れたピカレスクロマン――に表出される主人公とその日常が、どこかアンバランスでグロテスクであることの理由が分かる。小田はそれを単刀直入に、「第二の敗戦ともいうべき占領が完成した八〇年代の歪みの反映」と評している(p51)。

郊外の物語の帰趨

 152本の論考のつながりは、必ずしも体系的に整理されているわけではない。論考と論考は、ゆるやかに連鎖し、場合によっては連想によってつながっていく。著者はあえて階層的な構造をとらず、こうした「いささかスプロール的」(本書あとがき)な構成によって、「郊外」という不定形な現象に思考を添わせていったのだろう。

 それでももちろん、山塊のような大著を支える骨格がここかしこにある。

国木田独歩の「武蔵野」の中に出てくる杉並区善福寺の善福寺池(中央)付近の武蔵野の面影(アサヒグラフ1933年3月8日号掲載)=1933年3月撮影国木田独歩の『武蔵野』に出てくる東京・杉並区の善福寺池付近の武蔵野=「アサヒグラフ」1933年3月8日号掲載
 そのひとつは、国木田独歩の『武蔵野』(1901)に発し、半世紀後、大岡昇平の『武蔵野夫人』(1950)に受け渡された近代日本の郊外イメージである。

 独歩は二葉亭四迷訳のツルゲーネフ「あいびき」に触発され、郊外の自然と生活を発見したが、実はツルゲーネフの影響は19世紀フランスのゾラやフロベールにも及んでいた。大岡は武蔵野の情景を受け取るとともに、マダム・ボヴァリーの倦怠も導入したのである。

 大岡の『武蔵野夫人』を姦通という悲喜劇を含む郊外家族小説と見て、著者はその先に、小島信夫の『抱擁家族』(1965)を、山田太一の『岸辺のアルバム』(1977)を、鎌田敏夫の『金曜日の妻たちへ』(1985)を浮かび上がらせていく。これらの作品は、郊外の黄金時代のために戦後家族が支払った対価を示す、10年ごとの道標と言っていい。郊外イメージの形成の裏側には、そこに住む家族(と相変わらずの姦通)の物語が貼りついている。

 本書はさらに、“その後の”郊外のイメージにも踏み込んでいく(ちょうど山頂を後に下山する登攀者のように)。すると郊外は、いつしか家族という主人公を失って、不定住の「個」ばかりが雑居する居留地のようなものに変貌していた。

 これが第二段階の混住社会である。そこには、かつて郊外のユートピアを熱望した上昇志向の熱気はなく、やや投げやりな自己肯定が瀰漫(びまん)している。

 こうして戦後家族の消滅とともに、郊外のイメージは「果て」に至る。本書の後半で採り上げられた、古谷実の『ヒミズ』(2001~2003)も、カネコアツシの『SOIL』(2003~2010)も、小田扉の『団地ともお』(2003~)も、吉田修一の『悪人』(2007)も、郊外を舞台としながら、もはや“あの”郊外の物語ではないように見える。私見だが、著者が作品群の隙間から見せてくれる郊外は、まるで家族に代わる何者かが密かに棲息し始めた異界のようである。

武装せる先住民として

 小田光雄は、1951年に静岡県西部で生まれた。

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