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[1]『メアリと魔女の花』の作画をめぐって 

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

提供・東宝『メアリと魔女の花』=提供・東宝
 日本を代表するベテラン・アニメーター、安藤雅司氏と稲村武志氏。二人は共にスタジオジブリ作品で動画・原画・作画監督を歴任して腕を磨き、退社後はフリーとして幾多の作品で活躍してきた。

 2016年の大ヒット作品『君の名は。』(2016年、新海誠監督/コミックス・ウェーブ・フィルム制作)では安藤氏が作画監督を、稲村氏が原画を担当した。現在公開中の『メアリと魔女の花』(2017年、米林宏昌監督/スタジオポノック制作)では逆に、稲村氏が作画監督を、安藤氏が原画を担当している。二人は紙と鉛筆で描かれた画を通じて語らってきた盟友であり、互いを認め、支え合う間柄だ。

 長編アニメーションの第一線をひた走り、現在もそれぞれの現場で新作に取り組む二人の視線の先には、今一体何が見えているのか。各作品について、お互いの評価について、日本のアニメーションの制作環境や未来について、存分に語って頂いた。 (2017年7月7日、『メアリと魔女の花』公開前日、東京都武蔵野市内にて収録。 司会・構成/叶 精二)

安藤雅司(あんどう・まさし)
1969年生まれ。アニメーター・作画監督。1990年、スタジオジブリ入社。2003年からフリー。主な作画監督作品に『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ももへの手紙』『思い出のマーニー』『君の名は。』など。
[主なフィルモグラフィー]

1991年 おもひでぽろぽろ(動画)
1992年 紅の豚(原画・動画)
1993年 海がきこえる(作画監督補佐※ノンクレジット・原画)
1994年 平成狸合戦ぽんぽこ(原画)
1995年 耳をすませば(原画)
1995年 On Your Mark(作画監督)
1996年 怪傑ゾロ(原画)
1997年 もののけ姫(作画監督)
1999年 ホーホケキョ となりの山田くん(原画)
2001年 千と千尋の神隠し(作画監督)
2002年 OVERMAN キングゲイナー(原画)
2003年 東京ゴッドファーザーズ(作画監督・原画)
2003年 アニマトリックス/キッズ・ストーリー(原画)
2004年 妄想代理人(キャラクターデザイン・作画監督・原画)
2004年 イノセンス(原画)
2004年 攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG(原画)
2006年 パプリカ(キャラクターデザイン・作画監督)
2006年 鉄コン筋クリート(原画)
2007年 電脳コイル(原画)
2011年 うさぎドロップ(原画)
2012年 ももへの手紙(キャラクターデザイン・作画監督・原画)
2012年 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(原画)
2013年 かぐや姫の物語(作画)
2014年 思い出のマーニー(脚本・作画監督)
2014年 THE LAST -NARUTO THE MOVIE-(原画)
2014年 ハイキュー!!(原画)
2014年 日本アニメ(ーター)見本市/西荻窪駅徒歩20分2LDK敷礼2ヶ月ペット不可(原画)
2015年 百日紅 〜Miss HOKUSAI〜(原画)
2016年 君の名は。(キャラクターデザイン・作画監督)
2017年 ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜(原画)
2017年 メアリと魔女の花(原画)
稲村武志(いなむら・たけし)
1969年生まれ。アニメーター・作画監督。シンエイ動画で動画・動画チェックを担当後、1991年、スタジオジブリ入社。2014年退社後、フリーを経て、2017年よりスタジオポノックに所属。主な作画監督作品に『ハウルの動く城』『ゲド戦記』『コクリコ坂から』『メアリと魔女の花』など。
[主なフィルモグラフィー]
1991年 ドラえもん のび太のドラビアンナイト(動画)
1992年 紅の豚(動画)
1993年 海がきこえる(原画)
1994年 平成狸合戦ぽんぽこ(作画)
1995年 耳をすませば(原画)
1995年 On Your Mark(原画)
1995〜96年新世紀エヴァンゲリオン(原画)
1997年 もののけ姫(原画)
1999年 ホーホケキョ となりの山田くん(原画)
2001年 千と千尋の神隠し(原画)
2001年 くじらとり(演出アニメーター)
2002年 猫の恩返し(作画監督補・原画)
2004年 ハウルの動く城(作画監督)
2006年 星をかった日(原画)
2006年 やどさがし(原画)
2006年 ゲド戦記(作画監督)
2008年 崖の上のポニョ(作画監督補・原画)
2010年 借りぐらしのアリエッティ(原画)
2011年 たからさがし(演出アニメーター)
2011年 コクリコ坂から(作画監督)
2013年 風立ちぬ(原画)
2014年 思い出のマーニー(作画監督補佐・原画)
2015年 バケモノの子(原画)
2015〜16年 ハイキュー!! セカンドシーズン(原画)
2016年 君の名は。(原画)
2017年 メアリと魔女の花(キャラクターデザイン・作画監督・原画)

大ヒット公開中! 映画『メアリと魔女の花』公式サイト

繊細な日常芝居の魅力

安藤雅司氏(左)と稲村武志氏(右)安藤雅司氏(左)と稲村武志氏
――まずは『メアリと魔女の花』のご完成、おめでとうございます。長編作画監督の大任を終えたばかりの稲村さんから、現在のお気持ちを伺えますか。

稲村 今回は初めから「とにかく動かす作品を作る」ということで、作画の物量をどうコントロールするかということが最大の課題でした。

 米林(宏昌)監督の絵コンテを読んだ時は手間のかかるシーンばかりで「立ち上げたばかりのスタジオ(ポノック)で、本当にこれでやるの?」と思いました。苦手なキャラクターデザインから任されたもので、スケジュールを圧迫せず情報量も減らさないような造形のデザインを心がけました。何とか完成することが出来てホッとしています。

――全編動き回るアニメーションの活力を感じました。流行の美少女ではない方向のメアリのデザインも印象的でした。

稲村 西村(義明プロデューサー)さんからは、今の子供たちが馴染んでいる流行の作品と比べた時に、古さを感じないような工夫をして欲しいと言われました。従来のジブリ作品のキャラクターよりも眼を少し大きく描く、瞳孔下に1色増やす、眉間に影を入れるといった「ひと手間」をかけています。一方で描きやすさを考えて、首から下は服のしわやボタンや鞄などの線を減らしています。色彩設計の方から「前髪が眼にかかると塗りが終わらない」と言われて、前髪を上げておでこを広く見せるといった工夫もしています。

稲村武志氏によるメアリのキャラクター設定(彩色見本)。眉下の影・瞳孔のハイライトなどに手間がかけられている(C)2017「メアリと魔女の花」製作委員会稲村武志氏によるメアリのキャラクター設定(彩色見本)。眉下の影・瞳孔のハイライトなどに手間がかけられている (C)2017「メアリと魔女の花」製作委員会
――最近は外部のデザイナーにキャラクターデザインを依頼するケースも多いですが、各セクションでの作業効率まで考えて内部でデザインを作り上げるという行程は理想的ですね。安藤さんは今回は原画として参加されていますが、完成作品をご覧になっていかがでしたか。

安藤 西村(義明)さんが、宣伝などで麻呂(米林宏昌監督の愛称)について「本来ダイナミックなアクションが得意なアニメーターなんだ」としきりに語っていましたが、それだけではないところに自分は目が向きました。確かにアクションはたくさん描いていますが、その中にも「麻呂らしさ」はそうでないところにも多く表れているように思いました。

――「米林監督らしさ」ということで思いつくのが、主人公の主観一辺倒の感情移入型と異なる印象を受けたことでした。カメラがメアリに寄り過ぎず、少し距離感がある所で見守るような客観的設計のレイアウトが多いと思いました。メアリがほうきに乗って上昇したり落下したりするシーンも、過度の風圧で顔がビリビリ歪んだり、フッと浮いてから急降下したりといった体感的な緩急で主人公と観客を心理的に同化させる宮崎駿監督とは異なる個性を感じました。割合スーッと移動していく感じの、上品なアクションという印象でした。

安藤 そう、上品なんです。麻呂は基本的に善良な人なので、表現が率直と言いますか、必要以上に悪意がないんです。

――主人公に張り付いて目線の先を追いかけるのでなく、広い空間を飛び回る設計の方が枚数や手間は大変だと思うのですが。

安藤 手間ということで言えば、自分はむしろアクションよりも繊細な芝居の方に感心しましたね。『メアリ…』という作品の特徴はそこにあるのではないかとも思いました。しかし、それは麻呂単独では実現できなかったものです。稲村さんの力を借りないと達成できなかったものだったと思います。

稲村 ありがとうございます。細かなところまで監督と話し合いながら描いていきました。

――具体的にはどのあたりに稲村さんのお力をお感じになりましたか。

安藤 たとえば、最初にメアリは些細な失敗を繰り返します。(シャーロット大叔母様の)マグカップを落としそうになったり、庭で菊の茎を折ったりする。シナリオの文章にすると、あまり起伏がないシーンだと思います。大きな失敗ではないから、単調な繰り返しになる危険性もある。「それがメアリにとってどう切実なのか」ということを観ている側に理解させるためには、繊細な芝居が必要になるんです。

――宮崎監督だったら、マグカップをお手玉してから派手に落としたり、周囲の人物や犬も慌ててドタバタする芝居を加えそうなシーンですね。

安藤 宮崎さんは「失敗させる」と決めると、それを観客に印象付けるためにどんどん演技を膨らませる人なんです。でも、『メアリ…』ではそうせずに、さり気ない表情や間合いの芝居を淡々と重ねて「この子にとっては切実な失敗なのだ」と思わせていく。実に難しい設計です。正直もっと極端な設計をすればいいのに、と思いました(笑)

――その都度リセットして明るく次の行動に取りかかるけれども、小さな失敗が降り積もるような感じで少しずつ落ち込んでいくと。

安藤 芝居が成功しないと、掴みのシーンでどういう子供なのかがうまく伝わらず観客との間に溝が出来てしまいます。数年前の稲村さんだったら、踏み込めなかったような所へ踏み込んでいると思いました。あれは、麻呂の個性だけでは成立しないでしょう。

稲村 麻呂の得意な漫画的な誇張表現に傾き過ぎると、シナリオとのバランスで軽くなってしまうので、生身の重さを感じられる方向も考えながら描いていきました。

――安藤さんは以前、稲村さんのアニメーションの特徴を「艶っぽさ」だと語っていらっしゃいました。『メアリ…』ではそれが遺憾なく発揮されていたと。

安藤 そう思います。言葉にするのが難しいんですが、稲村さんの描く芝居は「アニメ的な表現」の幅にとどまらない生々しさがあるんです。「ああ、こういう人っているよなぁ」「こういう感じってあるなぁ」という気持ちを喚起させる力がある。

稲村 嘘をつきたくなくて、いつも意識しているというのもあります。同時に描いていて常々思うのは、宮崎(駿)さんや高畑(勲)さんが試行錯誤しながら築き上げてきた技術の上に、今の自分たちがあるんだということです。自分で一から描いてみると、質感や表情ひとつとってみても考え抜かれてそこに到達したんだなぁということが良く分かります。走りはどういうポーズで中何枚(※原画と原画の間に中割=動画を何枚入れるか)とか、歩きはこうといった理論が実に合理的で説得力がある。その基礎となった部分を、何とか引き継いでいきたいと思っているんです。

安藤 自分もそうですが、ジブリを出て仕事をすると余計にその恩恵というか、基礎の部分の確かさを確認することになりますね。それに何をどう加算するかといったことも余計に考えざるを得ませんけれど。

――アニメーターとして先輩であるお二人から見ると、米林監督はどういう方なのでしょう。

稲村 麻呂は最初から絵がうまかったですね。特にアニメーターとしては『千と千尋の神隠し』(2001年)で大化けしたという印象です(※米林監督は1996年にスタジオジブリ入社、同作で初原画)。アクションでも日常芝居でも、枚数を描くことをいとわずどんどん描いていく。演出としても理屈を延々と語るのではなく、簡潔な言葉で意図を表現して、あとは率先して描くことによって伝えていくタイプですね。

安藤 麻呂はバランス感覚に優れたアニメーターだと思います。演出としても『思い出のマーニー』(2014年、米林宏昌監督)のような難しい企画でも取り組んで消化していける粘りもありますしね。

ファンタジーと日常のスイッチの問題

――『メアリ…』は対象年齢を下げたローファンタジーとして企画されたと聞いています。複雑で殺伐としたハイファンタジーの企画も多い中、率直な明るさ・健全さが前面に出ていて、かつての「漫画映画」のような世界観だと思ったのですが。

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