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当事者に寄り添って貧困と格差を学び

財源論に屈せず解決の道筋を示そう

雨宮処凛 作家、反貧困ネットワーク世話人

「未来チャレンジ内閣」

 2016年に発足した、第3次安倍再改造内閣のネーミングである。

 「未来」と「チャレンジ」という前向きな言葉をダブルにすると、100円ショップ級の安っぽい味わいが出るということがよくわかる一例だ。思わず最後に「(笑)」をつけたくなってくるというのも定番である。

 さて、そんな未来チャレンジ内閣では「働き方改革担当相」なるものが創設された。安倍首相は会見で、「同一労働同一賃金を実現し、非正規という言葉をこの国から一掃します」と述べている。

 が、そのような言葉を聞いて、「わあ、正社員になれるんだ☆」と無邪気に喜ぶ人はどれほどいるだろうか。

 第2次安倍政権が発足して、4年近く。アベノミクスなどと言われながらも非正規雇用率は上がり続け、実質賃金は下がり続けてきた。最新の国民生活基礎調査によると、「生活が苦しい」世帯は6割。貯金ゼロ世帯も3割を突破し、生活保護受給者も215万人ほどで高止まりを続けている。

 景気回復、この道しかない。14年、衆院選の自民党ポスターに書かれた言葉だ。が、一体この国のどこら辺で景気が回復し、どんな人たちが恩恵を受けているのか、私にはまったくもって1ミリもわからない。

 この10年、貧困問題の現場を取材し続けてきた。06年からだ。で、この10年を振り返っての結論を一言で言うと、「注目されたわりには事態は全然良くなってない」。以上。

 07年ごろに「若者の貧困」や「日雇い派遣の劣悪な実態」「偽装請負」なんかの問題が注目され、ネットカフェ難民が話題となり、08年9月にリーマン・ショックが起き、その年の年末には日比谷公園に「年越し派遣村」が出現した。派遣切りなどによって職も住む場所も所持金も失った人々約500人が、訪れた派遣村によって、「貧困は自己責任」というこの国の人々の意識は少し、変わったかに思えた。

 しかし、派遣村から8年。事態は改善されただろうか? 残念ながら、答えはNOだ。

 この10年、貧困問題に関わる人々が求めてきたことのひとつに「労働者保護」の方向での法改正がある。派遣村で明らかになったように、派遣をはじめとする非正規という立場ゆえ、簡単にクビを切られてしまう状況をなんとかすべきという理由からだ。

 しかし、この10年でそのような法改正は行われただろうか? やはり、答えはNO。唯一なされた「改正」は、日雇い派遣の規制くらいのものだろう。が、本当に「規制」は進んだのか? 10年前、日雇い派遣で働いていた私の知人は、今も日雇い派遣で引っ越し作業などをしている。「禁止」の例外にあたる「主たる生計者以外」でも「世帯年収500万円以上」でも「60歳以上」でも「副業」でも「学生」でもないにもかかわらず。彼いわく、「抜け道なんていくらでもありますよ」。

 それ以外で、この10年間で「貧困」問題の解決に寄与しそうなことはと言えば、「民主党政権になって生活保護の母子加算が復活した」こと、そして16年から「児童扶養手当の第2子以降の増額」がなされること。以上。これくらいしか思いつかない。これだけ貧困問題が騒がれているのに政策的にはこの程度しか動いていないのだから、状況が良くなるどころか悪化しているのは当然なのだ。

貧困が深刻化し続けるのは政治が止めようとしないから

 ちなみにこの10年、「財源不足」を理由に社会保障費は削減され続け、年金、介護、医療、保育の分野で次々と引き下げや自己負担増が進められてきた。そんな状況にダメ押しするように、第2次安倍政権が発足してすぐに生活保護費が引き下げられる。現在、この引き下げを「違憲」として、900人以上の人々が原告となり、全国27都道府県で生存権を巡る裁判が行われている。

 一方、15年夏の国会では、安保法制の陰に隠れるようにして、派遣法も改悪。一生派遣から抜け出せない人が増えるような法改正が進められた。

 このように見ていくと、「なぜ、貧困の深刻化が止まらないのか」がよくわかる。止まるわけないのだ。政治が止めようとしていないのだから。

 そんな貧困問題について、まず紹介したいのが『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』。ご存じ、『下流老人』の著者であり、長年生活困窮者支援をしてきた藤田孝典氏による一冊だ。この本を読めば、現在の若者を巡る実態が把握できるだろう。
貧困世代とは、「稼働年齢層の若者を中心に形成される世代であり、貧困であることを一生宿命づけられた人々」。おおむね10~30代で、その数、約3600万人。

 「若い時の苦労は当たり前」「苦労は買ってでもしろ」。時に若者たちに向けられる年長者からの言葉に反論するように、著者は「5つの誤り」を指摘する。

 「働けば収入を得られるという神話(労働万能説)」「家族が助けてくれているという神話(家族扶養説)」「元気で健康であるという神話(青年健康説)」「昔はもっと大変だったという時代錯誤的神話(時代比較説)」「若いうちは努力をするべきで、それは一時的な苦労だという神話(努力至上主義)」

 どれも漠然と信じられてきたものだ。しかし、そんな神話が通用した時代は遠い過去になった。それなのに、経済成長の時代が自らの「成功体験」「企業人生」と重なった世代が、時に若者を追いつめる。それほどに、社会構造や雇用環境の変化は急激だったのだろう。そうしてある者は奨学金で借金漬けになり、ある者はブラック企業で身体を壊し、ある者は不安定な雇用から家賃滞納で住む場所を失い、餓死寸前で街を彷徨(さまよ)う。何か、特別に「失敗」をしたわけでもない若者たちの惨状。

 同じく若者たちの苦境を描いた一冊に『ブラックバイトに騙されるな!』がある。

 著者は奨学金問題にいち早く警鐘を鳴らし、「ブラックバイト」という言葉の「名付け親」でもある中京大学教授の大内裕和氏。
ブラックバイトとは、「学生であることを尊重しないアルバイト」。休みが取れずにゼミ合宿に参加できない、試験勉強ができないなどは序の口。社会経験が浅いことを利用して、バイト先は学生たちにトンデモない要求を突きつける。

 「家庭教師を辞めると告げたら、損害賠償金として50万円を請求された」「コンビニでおでんの売り上げノルマがあり、達成できないと自腹で売れ残ったおでんを買い取らないといけない」「スーツ店で働いている友人が、店に出て働く時の制服として5万円のスーツを3着買わされた。すでに15万円使っていて、その借金の返済が大変になっている」などなど、ブラック企業も顔負けの違法エピソード満載だ。

 「そんなにひどいなら、どうせバイトなんだし辞めればいいじゃん」

 そんなふうに思う人も多いだろう。しかし、辞めたら大学生活を続けられない。大学生への仕送り額は減り続け、1995年に6割を超えていた「月の仕送り10万円以上」は今や3割。一方、仕送りゼロは1割。5万円未満は2割以上。バイトをしないととても生活できないのだ。その背景には、高騰し続けてきた授業料の問題がある。国立大で年間約53万円。私立理科系は平均で約104万円。一方で、親の所得は減り続けている。よって奨学金を借りるものの、とてつもない返済が待っていると知っているので、在学中になんとかお金をためようとバイトに励むというわけだ。当然、奨学金を借りていない学生も生活費と学費のためにバイトに励むこととなる。

 バイト先の事情も変わっている。以前は補助労働だったバイトが、今や基幹労働を担っているのだ。

 本書では、ブラックバイトへの対応策も盛り込まれ、相談窓口も多く紹介されている。

ちゃんと勉強するために風俗産業で働く学生たち

 『女子大生風俗嬢 若者貧困大国・日本のリアル』は、そんなブラックバイトや奨学金、高い学費といった事情から、風俗産業に流れる学生たちを描いている。バイトの掛け持ちで身体を壊さずに、ちゃんと勉強したい。大学院に行きたい。留学費用30万円をなんとか自力で工面したい。様々な事情から、風俗の世界に流れ着く学生たち。登場するのは女子大生だけではない。男子学生も「売り専バー」で男性に身体を売る。異性愛者だが、学費と生活費のため、辿り着いたのがその世界だったのだ。

 「風俗を始めてから、やっと普通の学生みたいになれたんです」「ちゃんと将来を見据えている女の子ほど、

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