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ポピュリズムは大衆迎合主義か

見えてくるメディア側のジレンマ

水島治郎 千葉大学法政経学部教授

 21世紀に入り、ヨーロッパをはじめ世界各地でポピュリズム(ポピュリスト)と呼ばれる政治運動や政治家が影響力を増している。このポピュリズムについては、日本の新聞をはじめとする有力メディアでは「大衆迎合主義」「大衆迎合的」といった訳語や説明を添えるのが普通である。この点は朝日新聞から読売新聞、産経新聞まで変わらない。もちろん、見慣れないカタカナ語を用いるさいに、意味を汲みとった日本語の説明を添え、読者の理解に供することは必要であろう。

 ただしかし、「ポピュリズム」に「大衆迎合主義」という訳語を付すことが、本当に適切なのか。本稿ではこの問題を検討することを通して、ポピュリズムの特質、そして現代世界におけるポピュリズムとメディアの関係について考えてみたい。

米国南北戦争後の人民党からポピュリズムの歴史的展開

 ポピュリズムという言葉は19世紀末、アメリカ合衆国で誕生した人民党(People’s Party; Populist Party)に由来する。南北戦争後のアメリカでは経済が発展を遂げ、巨大資本が成立する一方、その繁栄から取り残された中西部の農民層や都市部の労働者層の困窮もあらわとなる。この農民や労働者を母体として結成されたのが、人民党である。

 人民党は、経済を独占的に支配する巨大企業、金権政治に浸かった既成の民主党・共和党の二大政党を厳しく批判した。「アメリカを建国以来支えてきた本来の人民」がないがしろにされていると説き、大統領選挙に候補者を擁立し、特に中西部や西部の農業州で支持を集めることができた。これに対し、民主党がその要求を取り入れて取り込みを図ったことなどから、人民党は次第に求心力を失い、政党としての活動は10年程度にとどまった。とはいえ人民党がアメリカ政治に与えたインパクトは大きく、その歴史的記憶は今も残っている。

 ポピュリズムが全面的に開花したのは、20世紀中葉のラテンアメリカであろう。アルゼンチンのペロン、ブラジルのバルガスをはじめとして各国で、ポピュリスト指導者が民衆の強い支持を受けて政権を掌握した。植民地由来の圧倒的な社会経済的な格差が残り、大地主や鉱山主ら一部の富裕層が独占的に支配してきた従来の政治に対し、これらのポピュリストたちは労働者や農民、中間層、下級将校などを支持基盤とし、閉鎖的な既成政治の打破を志向した。具体的には欧米系の資本を排した国内産業の育成、基幹産業の国有化、社会政策の充実、ナショナリズムの称揚などが進められた。

 1980年代以降になると、ポピュリズムの主要な舞台はヨーロッパ諸国に移行する。特に冷戦終結後、既成政党を批判し、ヨーロッパ統合の進展に異議を申し立て、移民や難民の制限を訴えるポピュリズム政党が次第に支持を集めるようになった。マリーヌ・ルペン率いるフランスの国民戦線が最も知られているが、オーストリアのオーストリア自由党、オランダの自由党、デンマークのデンマーク国民党、ノルウェーの進歩党、スイスの国民党などは、国政選挙でもかなりの議席を獲得している。またドイツにおける「ドイツのための選択肢」は2017年秋の連邦議会選挙で議席を獲得すると見込まれており、イギリスでは英国独立党が2016年6月のEU脱退を問う国民投票で勝利を収めている。また、2014年に実施された欧州議会選挙では、イギリスやフランス、デンマークなどでポピュリズム政党が第1党となった。ポピュリズム政党は今や、西欧のほとんどの国で存在感を発揮しているといえる。

既成政治への批判を展開 右派であるとは限らない

 これらのポピュリズム政党は、特にその厳しい反移民、反イスラムの姿勢にみられるように、右派に属することが多い。彼らは既成の政党や官僚、労働組合などの既存の団体が政治を独占していると主張しつつ、移民や難民はそのリベラルな政治エリートによって不当な保護を受ける存在と位置づけ、その「特権」を批判し、排除を訴える。既成政治に対する不満のはけ口として、移民や難民が格好のターゲットとなっている。

 他方、ヨーロッパの南部では、右派とは言えないポピュリズム政党が支持を集めている。スペインのポデモス、ギリシャのシリザ、イタリアの五つ星運動などは、やはり厳しい既成政治批判、EU批判で台頭したが、反移民を掲げているわけではなく、むしろ左派的姿勢をとる。現代のポピュリズム政党が右派であるとは限らないのである。

 国によってバリエーションがあるとはいえ、右派と左派、双方のポピュリズムに共通する背景として挙げられるのは、既成政治に対する不信の高まり、EUに対する信頼性の低下である。

 振り返れば、20世紀のヨーロッパ政治においては、左右それぞれに有力な政党が存在し、それらの政党は大衆的な党組織、そして労働組合や農民団体、信徒団体といった支持基盤に支えられ、安定的に選挙で票を獲得してきた。個々の有権者は、何らかの団体に属し、その団体の支持する政党に投票するという構造が成立していたのである。

 しかし今や、既成政党のほとんどは党員の減少、党活動の停滞、支持団体の弱体化に悩まされている。政党の手足となってきた支持団体も、個人のライフスタイルの変化、アイデンティティーの多様化のもと、もはや政党を支える盤石の支持基盤たり得ない。いわば既成政党がその「代表性」を喪失しつつある中で、ポピュリズム政党は既成政治を一握りの旧来の政治エリートによる独占物として描き、既成政党に飽き足らない無党派層の支持を集めている。特にかつて既成政党や既存の団体を通じた利益誘導政治が一般的だった国、すなわちイタリア、オーストリア、ベルギーなどでは、ポピュリズム政党による既成政治批判が有権者に対する有効なアピールとして作用した。

既存メディアでなくSNSで直接発信

ロンドンのトラファルガー広場でEUからの離脱が決まった国民投票のやり直しを訴える若者たち=2016年6月28日、高久潤撮影
 しかもポピュリズム政党による批判においては、グローバリゼーションやEU統合を受け入れ、国内産業の空洞化を容認する既成政党、リーマン・ショック以後は緊縮財政を進めて重い国民負担を一方的に強いる既成政党は、国民の利益をないがしろにし、身内のEU官僚に尻尾を振るグローバルエリートとして表象されるのである。

 またポピュリズム政党は、裁判所や官僚などの既成権力、既存のメディア、労働組合などの既成団体、大学人などに対しても、批判を向ける。リベラルでグローバル志向の強いこれらエリート層は、既成政党と同様、既得権益にすがって狭いサークルで権力を独占する、国民と遊離した存在とされる。そしてポピュリスト指導者たちは既存のメディアを通さず、SNSなどを通じて直接有権者に積極的に主張を発信することを好む。その主張の中には、真実といい難いことがしばしば含まれていることは、周知のとおりである。

 このような「エリート支配」、EU支配を打破するものとしてポピュリズム政党が対置するのが、国民投票などの直接民主主義的手法である。イギリスではすでに2016年にEU離脱を問う国民投票が実施され、

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