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地方紙が地域課題解決の核に

カギは当事者報道にあり

北原利行 電通総研・メディアイノベーション研究部研究主幹

 ソリューション・ジャーナリズム(Solutions Journalism=解決模索型報道)という新しいジャーナリズムの形態が注目されて久しい。メディア、ジャーナリズム研究の権威、米国ハーバード大学のニーマン・ジャーナリズム・ラボ(Nieman Journalism Lab)では毎年、ジャーナリズムのトレンド予測を発表しているが、2013年に“A new, mainstream - solutions journalism”として紹介された(注1)。

 ソリューション・ジャーナリズムとはなんであろうか。ジャーナリズム、報道の基本は、社会に起きているさまざまな出来事や事件について、その内容や背後の問題点、課題を明らかにすることである。新聞が登場してから100年以上にわたって当然のこととして伝えられてきた。ただ、それ「だけ」でよいのか、ということが問われる時代になったのである。問題点や課題は誰が解決するのだろうか。社会的な課題であれば、行政機関が基本だろう。報道する新聞社は中立性の確保のためにも自らは報道までである、という自己規制が働いてきたことは確かであろう。でも、本当にそれだけでよいのだろうか。内容についての詳細は後述するが、福井市の事例について触れてみる。

 どこの地方都市も中心市街地活性化問題は大きな課題だが、福井駅前も同様にかつてのにぎわいをなくしていた。北陸新幹線が15年の3月に金沢まで開業、多くの観光客が訪れ、にぎわったことは記憶に新しい。各地元では新幹線が開業したら街をどうすればよいかということを話し合い、実行に移してきた。福井までの開業は20年以降に予定され、その計画はすでに12年には決定していた。それ以前から新幹線開業に際して福井駅周辺をどう開発するかということは、行政を中心に有識者で何度も議論されてきたという。インフラの整備といった公共工事を伴うようなことは行政が中心とならなければできないことではあるが、ただ市街地の活性化に際しては、行政が音頭を取らなくてもうまくいっている事例はたくさんある。

 何年も同じようなメンバーで同じような議論を重ねてきたことに対して、福井新聞社の役員はこう述べた。「議論は尽くした」と。問題点や課題について議論することはもう十分であり、次のステップが求められているのだ、と。必要なのは「課題解決」である。いくら問題点や課題を報道したとしても、解決されなければ、そこに住んでいる人たちにとっては意味がないのである。課題は解決されなければ絵に描いた餅でしかない。課題を解決すること、つまり解決模索型報道を志向することがソリューション・ジャーナリズムなのである。

 ソリューション・ジャーナリズムについては一つに固定化された明確な定義はないが、従来の枠組みの中での報道にとどまらず、問題点、課題に対しての背景を丁寧に解き明かし、課題解決の場を提供し、生活者とともにどうすれば解決できるのかを考え、模索していくことである。重要なことは、生活者、あるいは、読者、住民と呼び変えてもよいかもしれないが、彼らと一緒にやっていくことである。ジャーナリズムが一方的に解を提供するのではなくて、巻き込んで一緒に考えていくことだ。ソリューション・ジャーナリズム・ネットワークではエンゲージメントという言葉を使っているが、マーケティングの世界では既に10年以上も使われている概念であり、企業が消費者との間につくる良好な関係性を構築する、ということでもある。つまり問題解決と同時にコミュニティーを構築し、関係性を強化する、という点が重要なのである。

新聞社の公共的視点 地域に新たな価値提供

 生活者の住む地域の社会的課題は誰が解決すべきなのか。第一義的には行政なのだろう。ただ、行政には限界がある。地方創生においても困っている行政は多いと聞く。新聞社がそれに取り組んではいけないのだろうか。新聞社は行政、企業、生活者との間に立ち、いわゆるハブとしての機能が期待できるのではないか。新聞社を中心に社会的な解決に筋道をつけて実行することは不可能ではないはずだ。新聞社の存在は公共的な視点で見られていることもあり、社会貢献事業には既に取り組んできたところも多い。ソリューション・ジャーナリズムを組み合わせることで、新聞社の新しい価値を提供することができるのではないだろうか。

 新聞社はその取材力・取材網から、社会にどのような問題や課題があるのか、記者は日常的に接しているはずである。解決模索型報道として求められることは、何をどう解決していくのかという視点で問題点や課題に取り組むことでもある。同時に記者も一人の生活者として、その課題を解決することで社会がどうよくなっていくのかということを意識しなければならない。そこには生活者視点、つまり読者や住民の視点が求められているわけであり、問題点や課題を共有して解決するコミュニティーがつくりやすくなる。エンゲージメントの第一歩である。

 特に地方紙においては、県という一つの行政単位に密着しているわけであり、その県の社会的な課題を解決していく、ということはその県を住みやすくする、あるいは豊かにするということである。その県を豊かにしていくことは新聞社自らの存在基盤を強固なものにしていくことにもつながる。そこに住む人々が豊かになることこそが新聞の購読につなげるための必要条件である、とも言える。もちろん、県民を豊かにしていくことは行政の仕事であるということも確かである。だが、ソリューション・ジャーナリズムを実践し、地域の課題を解決していくことで地域を豊かにしていくことも新聞社の一つの新しい姿ではないか?

 筆者が関わった13年度から15年度までの新聞協会賞の経営・業務部門を受賞した3社の事例について取り上げてみることとする。

ニュースカフェで親近感 下野新聞社

写真1 下野新聞NEWS CAFE=同社提供写真1 下野新聞NEWS CAFE=同社提供
 下野新聞社の本拠地である栃木県宇都宮市も、他の地方都市と同様、中心市街地の空洞化が社会問題になっていた。宇都宮環状道路が整備されたことでドーナツ化現象が起きた。ロードサイドの郊外型店舗が次々と開店し、人々が集まってにぎわうようになった。その一方で中心市街地は顧客を奪われ、かつては休日ともなれば人にぶつからずには歩けなかったオリオン通りという目抜き通りが、今では閑散として歩く人もまばらになってしまった。大型店の撤退、小規模店舗が空き店舗化し、シャッター通りと化したわけである。

 新聞社にとっても大きな打撃となった。中心市街地からは暗いニュースしか発信できず、それに対して郊外は明るいニュースが増えるようになった。それにともなって、宇都宮市内の部数が減少し始め、同時に広告も減少するようになった。

 打開するためにはどうすればよいか。個々の問題点に対して編集、販売、広告といったそれぞれの担当組織で対応することが一般的だろう。しかし、下野新聞は地域活性策を自らの課題として捉え、『目指すは「地域に愛される新聞社」』として課題解決に取り組んだ。その解決策が「下野新聞NEWS CAFE」(注2)なのである(写真1)。12年の6月、新聞社が運営する日本初のニュースをテーマとした常設カフェとして始まった「下野新聞NEWS CAFE」には、二つの理念がある。一つは「まちなか」に、生き生きとした情報を発信し、地域活性化の一助になること。もう一つは下野新聞社の可能性を最大限に発揮し、下野新聞のファン(支持者)を増やすこと。重要な点は、購読者を増やすのではなくて、ファン(支持者)を増やす、と言っていることである。ソリューション・ジャーナリズムで言及したように、その目的は地域の人々とのエンゲージメントを確立することであり、直接的に購読者を増やすことを目的としているわけではないのである。

 この施設は、1階が新聞を読むことができて新聞・新聞社に親しめる通常のカフェであり、2階はコミュニティー・ベースともなりうるイベントスペースも兼ねたカフェ。そして、3階は下野新聞宇都宮まちなか支局として、まさに宇都宮市内のまちなかの情報を取材し発信する拠点とした。「みやもっと」という新紙面を創刊し、そこを通して取材した情報を発信している。

 実はニュースカフェという仕組みは下野新聞のオリジナルではなく、既に新聞協会の「私の提言」の応募論文で北海道新聞社の社員から提起されていた。筆者自身はコンセプトやマーケティングプランナーとしてブランド構築の部分で関わったが、ベンチマークとしたのはカナダのウィニペグ・フリープレスのニュースカフェ(注3)である。このカフェには記者が常駐し、訪れた市民と気軽に会話することで、新聞社と地域住民の距離を縮め、またソリューション・ジャーナリズムの観点からは、地域にある問題点、課題をダイレクトに取材できるのである。

 新聞社が運営するカフェというのは新聞・新聞社がもつ信頼性や安心感を担保できるということでもある。下野新聞NEWS CAFEでは「まちなかメディカルカフェ」というイベントを定期的に開催しているが、これは新聞紙面と連動する形で、読者・生活者向けにがんなど健康上の不安などを医者や専門家を交えて話し合ってもらう試みである。新聞社ならではの信頼性があるから人々も安心して参加しているという。また、下野新聞はプロバスケットBリーグの初代覇者となったリンク栃木ブレックスを地域を元気にする存在としてサポートしており、そのファンイベントにも利用している。

 さらにこのカフェの隣接地はオリオンスクエアという市民広場であり、これと連動する形でのイベントは往時のオリオン通りのにぎわいを感じさせるくらいの人が集まるという。その他にも支局長自らが商店街や自治会の行事に参加するなど、新聞社と地域との距離を縮め、エンゲージメントを確立している。

 この取り組みを通して、7割以上の人が下野新聞のイメージとして親しみやすさを感じるようになっており、街の活性化に効果があると評価した人々も7割に達している。社内では編集・販売事業・営業の各担当者もカフェができたことで効果を感じており、社内外でその意義が認められている。その結果として13年には新聞協会賞を受賞した。中心市街地活性化についてはさまざまなアプローチがあるが、新聞社ならではの方法で解決した事例である。

里山コウノトリ構想 福井新聞社

写真2 福井新聞社コウノトリ支局=同社提供
 福井新聞社は09年の創立110周年に向けて、福井県を活性化するためにはどうすればよいかということに全社横断的なプロジェクトチームで取り組んでいた。折しも名古屋でCOP10の生物多様性条約締約国会議の開催を10年に控えており、福井の生物多様性をどう考えていくか、そして、未来を創るこどもたちにどうやって素晴らしい福井を伝えていくのか、という課題解決に取り組んだ。福井はコシヒカリを生み出したように、豊かな里山で育まれた農産物に加えて、日本海からの海産物など、大変豊かな土地でもあり、県民の満足度も高い。ただ、過疎化などにより里山の荒廃は進んでおり、里山の活性化が大きな課題となっていた。

 かつて県鳥であったコウノトリは古来里山の生態系の最上位に位置して、里山の象徴でもあった。しかし里山の荒廃や農法の変化、農薬の多用などで、コウノトリの餌となる水生生物の減少や環境の変化が起こり、福井県内では1970年を最後にコウノトリは見られなくなった。福井に縁が深いコウノトリを象徴として、それが再び暮らせるような豊かな里山を再生することが、福井の未来を背負うこどもたちのためにもなると考えた。

 具体的にはコウノトリにも縁が深い越前市白山地区の空き家だった築100年の古民家(写真2)を支局として記者が住み込み、里山暮らしを実際に体験することになった。現地の農家とともに無農薬の米作りをしながら記者が当事者になることで、苦労や魅力を読者と同じ目線で書くことが可能となった。記者の思いも素直に表して「客観報道」から「当事者報道」への転換をはかったのである。地元住民、読者の共感を得るためでもあり、まさにエンゲージメントの実現である。里山の環境保全はコウノトリだけのためではなく、地元の住民、消費者、そして記者のためでもあるということを自覚したと報告している。

 また、こどもたちを中心に田植え、草取り、稲刈りなどのさまざまなイベントを開催し、

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