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財政破綻は避けられるのか

増税と再分配をめぐって、経済学者座談会

小黒一正 小野善康 田中秀明 原真人=司会

熱心な議論が交わされた経済学者座談会(吉永考宏撮影)

 解散総選挙で与党は大勝し、アベノミクスは当面続く見通しです。日経平均株価はバブル崩壊後の最高値を更新し、企業業績は好調を続けています。しかし、消費増税の使い道やプライマリーバランスの改善など、解決すべき問題は山積みです。3人の専門家に集まってもらい、日本経済の現状とその行方を議論していただきました。

総選挙を振り返って

 総選挙の結果について感想をうかがいたいと思います。与党の大勝となりましたが、選挙戦では財政や金融政策についてあまり争点にならなかったようです。本来なら何が語られるべきだったでしょうか。

小黒 2020年以降の財政の持続可能性と社会保障の問題を時間軸を含めて議論しなければいけなかったと思いますが、全く語られませんでした。これが一番大きな問題です。2%の消費増税その凍結に議論が終始し、本当に増税を行うか否かもまだ確定していませんが、そのような状況の中で、増税によって生まれる財源の組み替えだけが焦点になってしまって、その先の財政と社会保障の持続可能性についての議論はありませんでした。

財源無視のばらまき合戦―田中

田中秀明氏(吉永考宏撮影)
田中 与野党ともに負担を議論しないばらまき合戦だったということに尽きると思います。例えば教育無償化の話はどの党も言っていましたが、それで何を達成するのか、充分な議論はありませんでした。幼児教育や大学教育の無償化は、経済的に豊かな人を助けることにもなるので、慎重な議論が必要でした。

小野 消費増税については、野党はそろって延期、延期と言っただけで、財政をどうするつもりかわかりませんでした。
 多くの政治家は、増税と言ったら選挙に落ちると思い込んでいます。安倍首相も、今これだけ政権が強いから増税を言えただけであって、実は怖くてしょうがない。国民に、自分で受けた便益分は当然払わなければいけないという正論を言わないといけない。だけど、増税を口にしたら選挙に負けるというトラウマがある。なので、増税について議論ができない状況です。財政危機も半分は国民のせいじゃないかと思います。
 それからアベノミクスの成否。安倍首相は、うまくいったとばかり言っている。実は全然うまくいっていないのに、野党はきちんと批判できなかった。両方とも説得力のあることを言えていないのです。
 財政再建や社会保障など、難しい問題については触れないで、耳障りのいいことだけ言っている印象でした。いい例が希望の党の小池代表(当時)が言い出した脱原発。突然思いつきのように言い出して、信用していいのかわからない。

アベノミクスの総合評価

 この5年間のアベノミクス総合評価はいかがでしょう。株高であり、企業業績は絶好調、史上最高益を上げる企業が続出しています。こういう外形的なものだけで評価するとアベノミクス成功論に反論しにくい。ただ、本当にそうか。総合評価とご意見をいただけますか。

アベノミクスの3本の矢

3本の矢「デフレ脱却」(2013/1)
①大胆な金融政策
 企業・家計に定着したデフレマインドを払拭
 日本銀行は、経済・物価情勢を踏まえつつ、2%の物価安定目標を実現
②機動的な財政政策
 デフレ脱却をよりスムーズに実現するため、有効需要を創出
 持続的成長に貢献する分野に重点を置き、成長戦略へ橋渡し
③民間投資を喚起する成長戦略
 民間需要を持続的に生み出し、経済を力強い成長軌道に
 投資によって生産性を高め、雇用や報酬を広く浸透させる

新・3本の矢「1億総活躍社会」(2015/9)
①希望を生み出す強い経済
 名目GDP500兆円を戦後最大の600兆円に
 成長戦略を含む従来の3本の矢を強化
②夢をつむぐ子育て支援
 結婚や出産等の希望を満たし、希望出生率1.8へ
 待機児童解消、幼児教育の無償化の拡大など
③安心につながる社会保障
 介護離職者数をゼロに
 多様な介護基盤の整備、介護休業などを取得しやすい職場環境整備
 「生涯現役社会」の構築など

トリクルダウンはなかった―小黒

小黒一正氏(吉永考宏撮影)
小黒 アベノミクスというのは、私はあまり実体がないと思っています。その時々によっても安倍首相の説明は変わってきていて、例えば最初の3本の矢(金融緩和、財政政策、成長戦略)で金融政策にかなり力を入れたのですが、次の新3本の矢(強い経済、子育て支援、社会保障)は、政策目標で、3本の「矢」というよりは、3本の「的」というのが正しい見方です。
 うまくいっているように見える背後には、株高と円安があります。東京五輪に向けての投資もあるので、企業業績が非常にいい。他方で、金融政策についてはうまくいかなかったと結論が出たと思います。異次元緩和を始めた当初は、マネタリーベース(日銀が市場に供給するお金)を2倍にして、2年間でインフレ率2%を達成するという、2-2-2という形で始まりましたが、実態としては2%の目標はもう6回も先送りされているのが現実です。うまくいっていません。
 また、日銀は今、大量に国債を買っていますが、その帰結を含めて評価しないといけません。ですが、その部分についてはリスクが今のところ顕在化していないので、野党としても攻めにくいのでしょう。
 あとはアベノミクスで当初に説明していた「流れ」です。すなわち、円安や株高で企業の業績や富裕層の生活水準がある程度上がるとトリクルダウンで上からしずくが落ちるように下のいろいろな階層にまで恩恵が広がるという仮説です。賃金が上がり、消費も拡大していくんだと説明されていましたが、実態としてはこの流れは今起こっていません。
 一方では、選択と集中を図る地方創生は必要ですが、現実はばらまき型となっており、賃金の引き上げを首相が経済界に要請するというように、失敗を取り繕っているような形になっています。政権としても、うまくいっていないということを実は認めているのだと思います。

田中 5年間を簡単に振り返ると、当初2年間は異次元金融緩和で、円安と株高をもたらし、経済は上向きました。しかし、その後は、金融緩和の効果がはげ落ちたので、財政出動に傾いた。消費増税も2回先送り。政府が国債を発行しても、それを日銀が買うので、金利は低下し、財政規律は低下しました。首相官邸の資料では、アベノミクスが成功しているデータが並んでいますが、安倍首相が強調していた経済成長と物価上昇の目標は達成していません。名目GDPの実額は中長期の経済財政に関する試算で見積もった数字を1回も達成していません。プライマリーバランス(基礎的財政収支)の目標の達成は先延ばしになりました。
 政策は判断なので、異次元金融緩和やリフレ政策を全く否定するつもりはありませんが、当初2年間で2%程度のインフレを達成するという目標は達成できなかったことは事実。言い訳するのではなく、結果は真摯に考えるべきです。
 また、企業業績は好調で、株を持っている人は豊かになったけれども、一般労働者の実質賃金はむしろ低下しています。

 田中先生は、自民党の野田毅さんや村上誠一郎さんたちが始めた反アベノミクス勉強会の1回目の講師として招かれました。あのころアベノミクスに対して自民党内でも批判が少し出てきましたが、今回の選挙で自民党が大勝したことで、その動きは断ち切られてしまうのでしょうか。

田中 そうでしょうね。

 でも、その動きが客観的な政策評価のなかで出てきたのであれば、選挙結果がどうであれ、今後も同様の議論が続くと思うのですが。

田中 アベノミクスの成果や政権運営のあり方・意思決定過程などについて、疑問や異論は自民党内にもあります。ですが、なかなか声を大にして言えないというのが党内の事情でしょう。直接話を聞いてみると、皆さんそれぞれ思いはあるようです。

 小野先生はいかがですか。

雇用は劣化した―小野

図1 成熟社会への転換点
内閣府「国民経済計算」、総務省「消費者物価指数」、日銀「金融経済統計月報」をもとに作成図1 成熟社会への転換点 内閣府「国民経済計算」、総務省「消費者物価指数」、日銀「金融経済統計月報」をもとに作成
図2 雇用者数の増減
総務省統計局の労働力調査などをもとに作成図2 雇用者数の増減 総務省統計局の労働力調査などをもとに作成

小野善康氏(吉永考宏撮影)
小野 アベノミクスへの私の評価はもっとネガティブで、「大失敗」です。ご説明します。
 やったことは異次元緩和しかない。株高ですが、実体経済はちっともよくなっていないのに、数字上の金額が上がっているだけで、まさにバブルです。
 次にマネタリーベース(日銀が国内に直接供給するお金)とCPI(消費者物価指数)、GDPとの関係を見ます(図1 成熟社会への転換点)。異次元緩和でマネタリーベースを異常な勢いで増やしましたが、CPIは上がっていない。実質GDPも増えていません。経済活動は拡大せず、物価も上がっていないということです。
 金融緩和によってインフレが起こって、需要を刺激して経済成長が起こるというのが、アベノミクスの狙いでしょうが、図1の通り、お金をまいても需要は全然増えていない。お金は実需ではなく、証券投資や土地に行っただけです。これはバブルです。
 その結果、家計金融資産は猛烈に上がっている。1995年を1とすると、2015年で1・4以上になっています。けれども、家計最終消費はこの間、ほとんど動いていない。つまり、お金がいっぱい来ても消費には回らないということです。
 雇用者数は確かに全体では増えていますが、非正規がほとんどです(図2 雇用者数の増減)。正規雇用は、安倍政権になって最初の2年でものすごく減った。それを次の2年で元に戻して、よくなったと宣伝している。また、男女別で見ると、男性は増えずに女性だけが増えている。つまり、女性を非正規で雇って、正規の男性は増えていないということです。
 その間、GDPは増えていない。つまり1人当たりの生産性が下がっただけで、経済全体は何もよくなっていない。雇用の劣化でしかありません。実際、実質賃金は上がっていない。だから、円安も加わって企業業績はよくなりました。
 アベノミクスは今、第2ステージですとか言っているけれど、そもそも第1ステージで何もよくなっていないんです。
 さらに言えば、民主党政権(2009~12年)は暗黒の時代だと言っていますが、安倍政権より民主党政権の時代のほうが、GDP成長率は高かった(年率で1・11に対して1・84)。実質民間最終消費の年平均成長率も0・39に対して1・34%です。他方、ストックで見ると、マネタリーベースは民主党政権のときに毎年約11兆円ずつ増やしていたのが、アベノミクスでは毎年75兆円。ものすごい量です。それで、日経平均株価は8千円台から2万円台になって、家計の資産もものすごい勢いで増えた。つまり、数字上だけよく見えて、実体経済は全然よくなっていない。
 アベノミクスは宣伝だけがうまい、というのが私の印象です。

消費税と財政

 実体はともかく、有識者と言われる人たちの中でも、安倍政権の経済政策は比較的うまくやっているという評価が今も多い。その中で、増税が先送りされている消費税をはじめとする税制や財政などの地道な政策をどう進めていったらいいでしょうか。

少子高齢化対策―田中

田中 まず消費税で確認すべきなのは、2014年4月の消費増税の影響です。安倍政権は、その後の景気低迷の理由は消費増税と言っていますが、それは誤りです。消費増税の影響は、あったとしても半年ほどです。それは、予想より大きかったかもしれませんが、駆け込み需要の反動で低下した当然の結果です。半年後にはGDPは全体としては回復しました。消費回復には少し時間がかかりましたが、GDP統計の見直し後の新基準では伸びていることが判明しています。
 日本の真の課題は財政再建ではなくて、少子高齢化をどう乗り切るかです。財政再建は手段であり、社会保障制度の改革が喫緊です。日本の年金と医療支出は、GDP比で高福祉といわれるスウェーデンを超えています。さらに、雇用や教育などに投じた支出を足すと、一般政府(国・地方等)の支出全体の中で65%を使っていて、これはもうヨーロッパと同じ水準です。ただし、年金や医療にお金を使い過ぎているので、家族対策や教育への投資が非常に手薄になっています。
 それから問題なのは社会保険制度。極端な言い方ですが、日本の社会保険は、貧しい若者が豊かな高齢者を支えているという側面があります。社会保障には様々な制度がありますが、税金が一番多く投入されている制度は、厚生年金です。全ての社会保障制度に投入されている税金の合計約45兆円の2割が投入されています。例えて言えば、所得の低い人たちが払った消費税が、上場会社を卒業した人たちの年金財源に充当されています。医療についても、高齢者は所得に関わらず減免されています。保険制度と言いながら、大量の税金が投入されているため、相対的に豊かな人を税金で支援しています。これは不公平であり、税金の効果的な使い方とは思えません。
 最近話題になっている教育無償化。豊かな家庭の子供ほど大学に進学する傾向があるので、教育への公的資金の投入は逆進性があります。こうした問題をきちんと検討しないと、無償化は、格差の是正につながらないどころか、拡大させかねません。社会保障や教育を借金で賄う仕組みでは、制度は持続しないし、人々の不安も解消しないでしょう。少子高齢化を乗り切るために何が必要か、そのための公平な負担のあり方を議論する必要があります。

消費税20~25%に―小野

小野 行うべき政策は明らかです。まず増税。私は所得税で増税しても構わないと思いますが、消費税なら税率を20~25%にすればいい。ヨーロッパはみなそうです。日本の国民負担は消費税に限らず、社会保険料も含めてOECDの中でも非常に低いのです。
 次に財政再建。例えば消費税を8%から15%に上げて、そのうち5%を財政再建に使う。残りで公共サービスをちゃんと増やせば、生活の質はよくなるし雇用も増えるから、景気も悪くならない。消費税を上げれば景気を冷やすという人がいますが、それは絶対にない。理由は以下の通り。家計の金融資産が1・4倍にも増えて、史上最高の1800兆円あります。例えば消費税率を10%幅上げて消費税収入が20兆円増えるというのは、1800兆円持っている大金持ちが、毎年20兆円取られるのと同等です。しかもそれは取られるだけではなく、政府支出で社会に戻される。それに、戻すときに雇用拡大に使えば景気はよくなるから、所得税も消費税も税収が増える。その分を加えて財政再建に回せばいい。
 ただし、これだけの増税は、政治的には非常に難しいでしょうね。

 反論も含めて、いかがですか。

図3 10年間で26兆円増の社会保障給付費
国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計(平成25年度)」及び厚労省資料から作成図3 10年間で26兆円増の社会保障給付費 国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計(平成25年度)」及び厚労省資料から作成
図4 社会保障に係る費用の将来推計について《改定後(平成24年3月)》(給付費の見通し)図4 社会保障に係る費用の将来推計について《改定後(平成24年3月)》(給付費の見通し)

小黒 まず、改めて数字の確認から。「10年間で26兆円増の社会保障給付費」(図3)にあるように社会保障給付費全体が2015年の予算ベースで116・8兆円です。10年前は90・6兆円で、1年で2・6兆円増。消費税に換算するとおよそ1%分です。非常に速いスピードで伸びているのが、今の社会保障費です。
 また、「社会保障に係る費用の将来推計について」(図4)を見ても、医療と介護費が2015年で50兆円なのが2025年には75兆円になります。10年間で25兆円伸びる。1年に2・5兆円です。消費税で賄う場合、税率30%くらいにしてもおかしくないのが財政の今の姿です。
 欧州でも、消費税に相当する付加価値税が30%まではいかないでしょうから、日本で上げられるとしても現実的には25%止まりでしょう。残り5%分は、社会保障予算をスリム化しなければならないわけなので、この議論も必要です。
 また、消費税を25%に引き上げれば今の社会保障を維持できるのならいいのですが、社会保障改革も必要で、増税も実際は政治的に難しいのではないかと思います。だから政府は実行に尻込みしているのではないでしょうか。

原真人氏(吉永考宏撮影)
 それは政治家に責任があるのでしょうか。

小黒 もともと社会保障財源として期待された消費税は高くなっていくにつれて、国民全体を敵にする税になってしまいました。過去の政策や説明の中で、政治家にも有権者にも嫌悪感が植えつけられたのです。政策論争でまともに社会保障改革や消費増税を取り上げると、選挙で負けてしまう。有権者は同時に消費者なので、自分の懐が痛むと思ってしまうのです。でも、正論をいうのが真の政治。
 次にプライマリーバランスです。「内閣府の中長期試算(2017年7月版)」の〈国・地方の基礎的財政収支〉では、消費税を10%に引き上げた場合、2024年度ごろに黒字化するシナリオになっていますが、実態はそんなに生やさしいものではありません。同じ試算の〈国・地方の財政赤字〉を見ると、「経済再生ケース」の試算では、2023年度ごろに向けていったん改善しますが、その後は緩やかに悪化します。現実の経済成長率に近い「ベースラインケース」だと対GDP比4・4%の赤字なので、多分現実はこちらのほうに近いのではないでしょうか。

田中 それすら楽観的な数字ではないでしょうか。

小黒 はっきり言えばそうでしょう。

異次元緩和はモルヒネ―小黒

小黒 そして名目成長率ですが、ここ近年では1%を切っています。げたを履かせてずっと1%だとしても、「ドーマーの命題」(注1)で計算すると、将来の日本政府の債務残高はGDP比で400%超にまでなってしまう。非常に厳しい状態です。
 では財政はいつまで持続可能なのか。今は日銀の異次元緩和がモルヒネのように効いている。長期金利をほぼ0%にしていて、

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